途切れた糸 | ナノ
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水面にぽつりと大きな輝く星が浮いている。
こんなにも美しくてまるでこの世のものではないようにさえ思えるそれは、決して手に届かないものであった。ただ、この世を映しているだけ。だから決して自分の意思を持ってはいない。
ふわり、と仄かに涼しくなり始めた秋風が木の葉を躍らせ、木の葉は星の上に落ちた。とても軽いそれは大きな星を歪ませるには十分で、綺麗な丸を描いていたそれは形を崩した。
その様子を羽扇をゆっくりと揺らしながら諸葛亮は眺める。一つひとつの動作はとても静かで、まるで嵐の前の静けさではないかと疑ってしまうほどだった。



「……本当に月のようなお方ですね」



既に姿の見えなくなった劉禅を思い出しながら諸葛亮は小さく笑う。しかし、その笑みも突然の胸の痛みによって歪んでしまう。
次の戦で最期―――、そう言ったものの本当はそれさえも怪しかった。星に占術に頼ろうと思うほどには諸葛亮の病は身体を蝕んでいた。
しかし、それでも。少しでも生命を延ばすことを諸葛亮は望んだ。いくら望んでも限度はたかが知れている。だが、諸葛亮はそれでもなすべきことがあった。



『最期の最期で私念に囚われてしまった私を許してほしい』



あの時の言葉は今でも覚えている。そして同時に、あの時みせた悲しそうな表情は諸葛亮の心をひどく揺さぶった。
民のために何もできなくて一人悩んで最終的に自分の処に訪れた。その時見せた表情に似ていた。その時諸葛亮はこの人にそのような表情は似合わない、この人を支えるべき依り代が必要なのだと思った。
しかし最期の表情を見た時、自分は結局何もできていなかったのだと感じてしまった。いくら策略で天下三分にして蜀という国の基盤を作ったとしても、一人の男の不安定な心を支えることが出来ていなかったのだ。水は魚を覆っていただけなのかもしれない。そう思ってしまうほどに。
自分が誤った選択をしてしまったから。劉備のことを思って、ちゃんと止めなかったから、あの人はあんな表情をしてしまったのだと。



「…………誤った選択をして途切れてしまっても、最後の最後で……ちゃんと繋がるように」



池に視線を戻すと、先程の大きな星はまた丸く輝いていた。それがまた悲しく、儚くさえ感じられた。
同じ過ちをしないでほしい。そう思い渡した二つの小さな糸。それは自分と劉備がかつて持ち合わせたものと同じであった。自分たちの糸は繋がることは出来なかった。
だから、せめて。同じ過ちをしないでほしいと、そう空に浮かぶ本当の星に願った。
懐から糸を取り出す。もう片方はもう灰となってしまったかもしれない。いつまでもこれを持っていていいのだろうか。ずっと片方であるこれを。



「……そうですね、劉備殿。私たちも途切れたままではいけませんね」



先程まで穏やかだった風が急に強くなる。諸葛亮は暫くその風に髪を揺らすだけだったが、暫くして小さく笑う。
そして、ゆっくりとその糸を風に渡した。小さな碧の石がついていても軽いそれは、容易く風に乗り、どこかに飛んで行ってしまった。
その様子をゆっくりと眺め、口元を羽扇で隠した。ぽつりと、すぐ行きます、と呟いたのを隠すため。
まだ暑さを纏った秋風はその音になっていない言葉を空高くに響かせた。



Fin.

13.07.01





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