三成さんが風邪を引きまして | ナノ
三成さんが風邪を引きまして




城は美しいだけではない。勿論絢爛豪華な城も戦国時代には多々自分の権力を示すために建てられた。伊豆の小田原城はこの時代有数の美しい城だろう。
けれどこの時代の城は美しいだけではいけない。城は力の象徴でもあって戦の勝敗を分けるほどのものでもある。信濃の上田城はまさにそれを物語っている。
ここ大阪城は両方を兼ねている。京へと導く淀川の流れる傍にあるこの大きな城は、夜の月光だけが照らす姿はとても妖しく、けれどそれが三成にとって美しく感じさせるものだった。


「……三成くん」


そんな大阪城の一室に三成の部屋はあるのだが、必要のものはほとんどない。何かあればすぐさま主君である秀吉のもとへと向かうことが出来るようにと、生活最低限なものしか部屋には見当たらない。
この一室がかつて豊後の宗麟が三国無双と称したあの大阪城のものなのか、と三成の部屋に入った半兵衛は心で違和感を覚える。
けれど今日はいつもと違い、殺風景な部屋に白い布団が目立つように敷かれている。


「っ、半兵衛様」

「あぁ、いいよ。そのままで」


盛り上がっていた布団から慌てて三成が顔を出すが、半兵衛はそれを手で制する。どんなときも三成は秀吉と半兵衛に異常なまでの敬意のある真っ直ぐな心を貫き通しており、それは風邪を引いている今だってそうだ。
自分では決して言わない彼なので、三成が倒れるまで誰もそのことに気づいてやれず、普通の風邪も重症的にまで陥ってしまった。
―――それが彼らしいんだけど。
半兵衛は溜め息混じりに主君を守る前に三成自身のことも気にかけるべきだと、思うのだが自分もそれは言えないなと自嘲気味に笑ってしまう。


「暫くは秀吉の傍に行くのは禁止」

「な……ッ!?私に力がないからですか!」

「違うよ」


あぁ、やっぱり彼らしくて自分に似ている。見た限りだと風邪だけでなく目眩など伴っているはずなのに、自分のことは蚊帳の外で秀吉のことを第一に思っている姿は、兵として理想をはるかに越えた存在に見えた。
だからこんな命令を出したのだ。少しは自分自身を見つめてほしい。そして秀吉のためにどうすればいいか、冷静に考えられるようになってほしい、と。
命令、と言わないときっと三成はずっと間違った道を突き進んでしまうのではないかと恐れたためでもあった。


「秀吉にうつしたら困るでしょ?」

「……そ、れは」


けれど真相はまだ言わない。もっと後、――そう秀吉が世界に進出するまでは、と思ったからである。その時はきっともっと融通の利く性格になっていると信じて―――。
すると案の定布団にやや顔を埋め黙ってきたので、ほっとしながら彼の傍に正座する。
冷たくて固い畳は三成の心のようで、けれど正座を崩さず医者から頂いた薬を取り出す。


「……あぁ、そろそろ僕は失礼するよ」


だがそれを三成に渡そうと思ったときふとあることに気付き、再びしまっておいた懐へと戻し、座ったばかりの畳から立ち上がる。その行為を三成は見ておらず、帰るという言葉に驚いた様子を見せる。
だけれどそれ以上何も干渉せず、ただお大事にと微笑しながら告げて、三寸ばかり開いている襖へと背を向ける。襖に手をかけたところで、そのもしもが的中していると分かり、つい悪戯に笑ってしまう。


「くれぐれもうつさないようにね」


最後にそれだけを告げて部屋から出る。大きな城相応の広い廊下には黄色が目についた。
普段は三河にいるはずの彼は、先程半兵衛が見たときと同じく三成の部屋の襖を背に座り込んでいる。静かに音を立てないように襖を閉めると、その振動が伝わったのか下に向けていた顔をこちらへと上げる。


「入らないの?三成くんなら起きてるよ」

「……知ってます」


久しぶりに見た顔に挨拶をまずするべきなのだが、それよりも先に三成に面会をするようにと促す。そもそも家康がわざわざ摂津まで来たのはただ三成の見舞いに来ただけ、と言えばおかしな話だが、二人の仲ならそれはいたって普通なのだ。
だから真っ先にでも薄い襖を開けると思っていたので、その様子を見てそれこそおかしな光景だと半兵衛は気になった。


「なら行きなよ。そこにいたら家康くんまで風邪を引くよ」

「……いいのですか」


少しぎこちない敬語を使い、驚いた様子で半兵衛の顔を見る。背は伸びたくせに未だに幼い表情はまるで我が子のような意識までしてしまい、ついその黒い髪の毛を撫でてしまう。柔らかい、そう思いながらも未だに乗り気ではない家康に優しく微笑みかける。


「大丈夫」


たったそれだけの一言は家康にどんな影響を与えたかは分からない。けれど少しだけ笑顔を取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。
やっぱり子どもみたいだ。子どもみたいで愛おしい。立てばゆうに半兵衛を越す身長の彼には、その言葉が相応しく思った。


「風邪をうつされないように、ね」


これでは自分は親みたいだ、と半兵衛は心のなかで苦笑しながら襖を開ける家康に告げる。仮に親のような立場にいるとしたら、こんなにも手のかかる子ども達がいるなんて、と呆れてしまうだろう。けれど、それだからこそ妙な愛着心が湧くのかもしれない。
とにかく、そんな立場の自分でもこれ以上干渉してやることはもう出来ない。ふふっ、と意味ありげに笑い、半兵衛は三成の部屋を後にした。





「三成」

「ッ、家康!何故貴様が…ッ」


本当に風邪を引いているのだろうか、と疑問に思ってしまうほど大きな声が家康を出迎える。けれどやはり三成といえど病人は病人で、乾燥した苦しそうな咳を幾度も咳き込む。
氷のように寒かった廊下と違い、三成を冷やさないようにと案じてか火鉢が置かれている。橙色の焔が小さく灰色の粉の中で光っている姿につい誰かを思い出してしまう。
暖かい部屋なのだがこんなにも乾燥した部屋では…と、家康は部屋に入ってまず奥の障子を開ける。すると淀川からの清らかな水音と風が頬を掠めて、部屋の中をみるみるうちに潤していく。


「余計だ」

「余計でも少しは良くなるぞ」


淀川を少しだけ眺めてから視線を三成へと移す。その時ようやく三成の表情を窺えたのだが、蒼白な肌は熱のせいか少し赤みを帯びていて、啄木鳥のような髪型は乱れて瞳が隠れてしまっている。
こんな彼を見たことがない。いくら二人の仲が深いからといっても、まだ日の浅い関係はこのようなときに明らかになる。
それでも家康はゆっくりと三成の傍に座り、先程半兵衛に見せたのと違う笑顔を見せる。悲しい、今にも泣きそうな笑顔を。


「……ワシのせい、か?」

「…、違う」


少し間のある返事は潤ってきた部屋の空気を冷たくさせた。まるであの時と同じ冷たさのように。
最後に三成と家康が会ったのは小田原での戦であった。縁のある北条家に攻めるという秀吉の言葉に家康は悩んだが、やむを得ず出陣した。しかし覚悟のないまま出陣しても敵を倒せるわけがなく、徳川軍は一時苦戦となった。
その時に自分の意思で三成が徳川軍の陣に来て、未だに戦場で迷っている家康を守ったのである。ずっと、ずっと、恐らく半日以上であろう。ただ援軍として来ていた三成が冷たい凍えるような雨の中で戦い続けた。


「あれは私が好きにしただけだ、これも…私自身が未熟だったからだ。だからもう謝るとかそんな下らないことをするな」

「……っふふ、やはり三成らしいな」


悔いたい、謝りたい、そんな感情を胸に家康は一人大阪城に赴いたはずのに、彼の相変わらず他人のせいにしない態度に自然とその感情が消えていく。
笑っていると、可笑しいかと少し拗ねたような声が聞こえてくるので余計笑いたくなってくる。
あぁ、やっぱり自分は三成を好いている。だからこんなにも大切に思っていて、すぐに許せてしまうのか。きっとそれは三成も同じだろう、とこの時の家康はそう思うことができた。


「分かった、もう謝らない」


そう言えば白い布団の隙間から手が家康の肩に伸びてきた。普段鎧姿しか見たことがなかったので、今日の着物姿に新鮮味を覚えながらその手が為すままに自分も布団の中に入り込む。
暖かい。火鉢の暖かさだけでなく、三成の高い温もりも加わって熱いくらいにも感じられるほど。
身を少し捩らせれば三成との距離はすぐ傍で、目の前の三成の顔を隠している前髪を少し分ける。そうすれば家康の好きな真っ直ぐな綺麗な瞳を見ることが出来る。


「半兵衛様に怒られるな」

「だが、うつしてしまえば楽になれるぞ」


阿呆なことを言うな、と少し怪訝そうな様子で言うのだが大して嫌そうでない表情に、声を出さない程度にまた笑ってしまう。
大丈夫だ、と懐から小さな包みを取り出せば三成は急に表情を曇らせる。


「貴様の作った薬は嫌いだ」

「ん、悲しいこと言うな」


ほら、と包みを顔の近くに持っていけば、子どものように顔を逸らすものだから家康はつい溜め息を洩らす。
三成は純粋で真っ直ぐであって、人一倍頑固でもある。一度決めたことはどんなことがあろうと曲げようとしないのが、彼の良いところでもあり悪いところでもあるのだが、今回は後者の面が出てしまう。


「…なら」


少し戸惑いがちに三成は口を開く。そんな仕草を見せるとき、大抵嫌な気がするので家康は黙ってしまう。
ひゅゅう、と風が僅かに障子を震わせる音を聞きながら、三成の言葉を待つと思ったよりも早く声が聞けた。


「……、…口移しなら飲む」


急に熱を出したかのように頭が熱くなりだす。普段彼から聞けるわけのない言葉に、今度は家康のほうが戸惑ってしまったようだ。
けれど聞けるわけのない言葉のはずなのに、実は期待していた言葉に少しだけ鼓動が高鳴ってさえもいて、返事はすぐに出すことが出来た。



「ワシの看病をしろよ?」



苦い苦い口付けは二人の恋の処方箋だろう。
このあと二人とも風邪が悪化してしまい、半兵衛が頭を痛くしながら看病をしたのは言うまでもない。
けれど、風邪が悪化してが二人の恋仲はより深まったので、うつされた家康も悪化した三成も悪い気はしなかったなんて思っていたのは、二人だけの秘密の話。



Fin.

12.01/23





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