子どもっぽさにサヨナラ
あと数刻で始まる新年なのだが、その新年が始まる前にどうにかしなくてはいけない悩みを元親は抱えていた。
その元凶の彼に銀髪を掻きながら、まるで子ども相手に怒るような口調で話す。
「年終わりにまた迷惑かけてんのか」
「元親、お前もか」
先程からずっとこの調子で拗ねている彼は、目を一向に合わせてくれなくてつい溜め息を漏らしてしまう。
昔から彼は頑固なのだ。
それは身体が大きく成長しても変わらず、だがそれが愛おしくさえも感じる。
でもずっと拗ねていられて新年が明けてしまっては困るので、元親は口を開く。
「お前は無防備すぎなんだ」
「ワシはもう竹千代ではない」
「家康でもお前は子どもなんだ」
横顔をうかがいながら言えば、ぴくりと家康の眉が動くのが見えた。
怒っている。そんなことは誰が見ても分かることで遠慮してしまい、だからこのように子どもっぽく育ってしまったのかもしれない。
――その原因の一人に俺も入っているんだよな。
「なんで勝手にうろちょろするんだよ……」
「……ワシの我儘で兵を動かしたくないからだ」
「一言くれぇ、なんかいってやれよ」
困ってたぜ、と元親は三河で家康の行方が分からないで慌てていた戦国最強や兵達の顔を思いだしながら言えば、家康はより黙ってしまう。
――気持ちは分かるけどよ。
元親も一人で行動をしたいと思うことは多々ある。
けれどここまで大事にはならないのは、子分たちに自分のことに対しての理解を得てもらっているからだろう。
それに比べて家康は、たとえ言ったとしても兵たちはついていくと言うかもしれない。
それくらい大事に家康を支えてきているのだから。
「ワシは一人で行動できる」
だが、頑固な彼はそれでも認めないらしい。
きっと兵たちの思いは伝わっているのであろうが、素直になれないで反発してしまうのだろう。
そんな彼に今日で何度目か分からない溜め息をつく。
「……しょうがねぇな」
元親もこんな彼にしてしまった犯人の一人であるということは自覚している。
だから、教えてあげることがせめてでの罪滅ぼしであると勝手に考えて、家康の右腕を掴んで元親の方向へと引く。
「わっ―――」
ほとんど体格差のない家康の力の抜けた身体がすとんと腕の中へと収まる。
そして顎を指で持ち上げれば、顔と顔はすぐ傍になる。
じわじわと頬を紅潮させていく家康が本当に幼く見えてきて、やっぱり成長しても家康なんだなと心で笑う。
「無防備だと、こうなるぜ?」
「なっ、……もとち、かっ!」
顔を近付ければ抵抗すればいいのに、全くの抵抗をせずただ強く両目を閉じる。
そういえば人間というものは、本当に怖いと思うものの前になるとなにも出来なくなるのだと誰かに聞いたことがある。
これもそれと同じなのかもしれない、と思うと同時に少し悲しくも思ってしまう。
それはきっと昔から愛おしく思っている相手が、自分を怖いと思っているからだろう。
「……ん」
ちゅっ、と柔らかそうな口ではなく大きな瞳が隠れてしまっている瞼に唇を寄せれば、思っていたところではなく意外な場所に感触がしたからか甘ったるい声ではなく、くすぐったそうな声が聞こえる。
ゆっくりと離してやれば、大きな瞳が現れて、不思議そうな表情をみせる。
そして口を開こうとするが、それをさせないように頬を両方から指で押さえる。
「ん、もひょ……ちひゃ、っ!」
「何いってんかわからねぇ」
思わず笑ってしまう。
柔らかくてついつい押したり引いたりの繰り返しをすれば、家康は言葉になっていない音を何度も言う。
しばらくしてから離せば、家康はようやくちゃんと言葉を元親に言うことができた。
「元親っ、……なんで」
「無防備だとこうなんだ、分かったかァ」
まるで母親のように言えば、家康は違うとばかりに首を横に振る。
何が違うんだ?と訊ねれば家康は言いにくそうに唇を震わせる。
そして、掠れた声で一文字一文字告げていく。
「口、……じゃないんだ?」
「……なんだよ、そりゃ」
そんな言葉を聞いたら我慢できるわけがない。
家康が最後の言葉を言って、元親の顔を見直してからすぐにその唇を奪う。
もしかしたら自分が我慢ができないような子どもなのかもしれない。
けれど、子どもと言われてもこの愛おしい人を抱き締めることをやめない。
「……ほんと無防備だな、馬鹿」
「ん、お前と明けられるなら馬鹿でもいい」
あと秒刻みで終わる今年と、子どもっぽさにサヨナラをしてから。
新しく始まる来年と、大人っぽい恋に出会うまであと少し――。
あけまして、おめでとう。
Fin.
12.01/01
BACK/TOP