表裏異心
目を覚ませばそこは何もないただの闇で、普通ならそれは夜だと思うかもしれない。だけれど暗闇でもその独特な光があるのだがそれがなく、それどころかこの空間には音も何もかもがないのだ。
けれど毛利にはこの空間に覚えがあった。
だから特に驚くこともなく、じっくりと周りを見回して“彼”を探す。
「黙って何を探してるのだ?」
「……やはり、貴様か」
低くて少し暖かい声が音のないせいかやけに鮮明に自分の脳に響き、眉をひそめる。
振り返らなくても分かるその声はまさしく彼で、呆れながらもそこにあるだろう右手を求めて後ろに手を伸ばせば、あっさりと袖を掴むことができた。
こんなにも近い距離にいたというのに気付かなかった自分がおかしいと思うのだが、よくよく考えればこの空間自体がおかしいのだから、深く考えないことにした。
「もう我の前に出ないと思っていたのにな」
「あやつへの好意が消えぬ限り無理な話だな」
自分も好きなのだから、とそんな当然なことを言う彼に対してやけに苛立ちを覚えた。そんな苛立ちは無意味ということは知っているのに、その感情は膨張していく。
彼の顔などもう呆れるほど見たのだし、その気持ちも手に取るかのように分かる。だから毛利は二度と顔を見たくないほど彼が大嫌いなのだ。
「そんなに棘があるから叶わぬのにな」
「煩いっ、貴様に我の……」
「すべて分かってるから言ってる。人を愛すことを苦手なことも、嫌いだということも」
そんなことも知ってる、だからこそ彼に会いたくなかったし言われたくなかったのだ。
彼もあの―――長曽我部に好意を寄せているから、彼の言葉を鵜呑みにすることを許せなかった。それをすることは則ち彼に負けることで、毛利の居場所がなくなってしまうことを知っていた。
「そんなに、嫌か」
「嫌に決まってる…っ、誰が貴様にやるものか!」
「っふ、はは…。――――」
煩わしい笑い声が頭に響き、目眩を起こして倒れそうになる。
だからそのとき彼が告げた言葉が聞き取れず、どうして自分と同じ顔がすぐ目の前に現れたのか分からなかった。
「我が教えてやろう、愛を」
暖かい何かに身体を包まれる。それが彼の仕業だということはすぐわかったのだが、不本意ながらも心地良いと思ってしまう。
そして唇もその暖かさとは違うもっと熱いもので塞がれる。深いふかい口付けは目眩をより悪化させるには十分で、一人で立っていられなくなって彼の胸にすべての体重を預ける。
「貴様は休んでいろ。……いや、貴様は必要ない」
「なっ、ま……、てっ」
「我は一人で十分だ、二人も要らぬ」
温もりが、声が、支えが、彼のものすべてが徐徐に暗闇にとけていく。
いや、毛利がこの空間においてかれているのだ。この何もない暗闇に。
「我はっ…、貴様は我ではないっ!!」
見た目が同じだけで全く違う人間なのに、どうして片方しか存在出来ないのだろう。
いやそれよりもこの空間に一人でいること、あの人に会えないことの方が幾倍も辛かった。
すでに誰もいなくなった暗闇はとても冷たくて、凍りついてしまいそうだ。
「あれは、我ではない。あれは…」
お願いだから、助け出してくれ―――。
「あぁ、自分ほど恋しいものはない」
ずっと一人であの暗闇にいたのだ。久しぶりの光は眩しすぎて、目がいたくなった。
そしてそっと胸に手をおいて、自分でも変だと思いながらも笑い出す。
大好きなのだ、彼が。心に閉じ込めたいくらい。
「もっと愛してやる…、ずっとずっと一人で」
こんなにも真っ直ぐな愛を君は喜んでくれるかな?もちろん、あの人にも注ぐけれど。
Fin.
11.11.12
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