月陽 | ナノ
月陽




風は殆ど吹いてはいないはずなのに、とても冷たい風が長曽我部の周りを掠めているような感覚に思わず眉をひそめてしまう。きっと空気が乾燥しているからより風を感じ取っているのだろうと推測するが、原因が分かってもこの寒さは和らぐことはない。
唯一仄かな温もりを感じる右肩に眼を向ければ、肩に背負っている毛利は未だに目を覚まさない。男でしかも大人を担いでいるというのに、見た目通りとても軽くて彼の普段の食生活が心配になる。
いや、食生活どころか全てが心配事だらけなのだが。


「おい、起きろよ」


九州から四国へと行く船は子分に既に用意させているので問題ないが、いつの間にか毛利が長曽我部の袖をきつく握っていて離してくれないのだ。
船はただでさえ酔いやすく、ましてやあまり乗らない毛利なのだから一度肩から下ろして起こす必要がある。だけれどそれは彼の右手が許してくれないので、揺すったり声をかけたりして起こそうと必死だ。
空には曇に月が隠れてしまっているが、その眩い光は隠しきれていなくて、それが酷く滑稽に思えた。


このまま安芸に船を向かうのはどうですか、と毛利の兵が言うのだが首を横に振る。こいつは暫くうちで休まさせてくれ――心配でしょうがない、そう言えば長曽我部の心を察してくれたのか了承してくれた。自分から見れば毛利の兵の使い方はとても許せないものだが、それでも彼の兵は主君のことを第一に考えているので、昔からあった心配が少しだけ消えた。


「……愛されてんな」

「我の扱い方が良いからな」

「起きてんのかよ」


つい今な、と欠伸混じりの声が聞こえるが、顔は見えない。
扱い方が良いなんてよく言える、日頃の彼を見てればすぐ分かることだ。兵を捨て駒として使うなんて、長曽我部にとって理解しがたいことであった。


「目ぇ覚めたか?」

「……」


生理的な意味ではなく、精神的の意味で毛利に訊ねれば返事も何も返ってこない。
九州に謎の異国宗教団体が現れたことはずっと前から知っていたし、ましてや興味など全く持ってなかったのでほっといていたのだが、先日前田家から意外な情報を報告されて船を向かわせた。
行けばあの毛利が本当に団体のなかにいたのだから、彼を見た瞬間言葉を失った。


「…何故来た」

「おめぇが心配なんだよ」

「必要ないっ」


きっとこの気持ちは彼には迷惑なのだろう。ただ純粋に心配していても、彼なら同じことを言うかもしれないが、この気持ちは純粋なものではなかった。
いや、長曽我部にとってはこの上ないほどの真っ直ぐな素直なものなのだ。
だから毛利のその一言はずきりと心を突き刺し、戦で傷付いたときとは比べ物にならないほどの痛みでどうにかなってしまいそうだ。


「我を理解出来るのは我のみで十分だ。他に必要なものなどなかった」


毛利も毛利で本当は自分の居場所が欲しいのだ。だからあの謎の集団にまで手を染めたに違いない。
それを分かっているからこそ自分のこの気持ちを伝えたいのに、何故か唇が魚のようにぱくぱくと開くだけで言葉が出てこなかった。
あの月はどんなに表したくなくても光のせいで現れてしまうのに、自分はその真逆で少しだけあの滑稽な月が羨ましかった。いや、その点さえ抜かせばきっと自分はあの月みたいな存在なのだ。
けれどあの月のように完璧になれたらきっと―――


「…煩わしい空だ」

「…綺麗な空だな」


ぽつりとお互いが呟いた言葉は一つになるくせに、中身は全く違った。
二人が羨望するのは月と太陽だから当たり前なのだが、そのずれが悲しくも思えたし、嬉しくも思えた。
この滑稽な月を彼に好きになってもらえればきっと、……いや少なくともこの空だけは好きになってほしかった。
大きな空は、自分たちの傍にずっといて一人だなんて感じさせない存在なのだから。


「なぁ、毛利―――」


そろそろ船の準備が出来、この真上にある月はもう見納めになる。それを知ってか、ようやく曇から顔を出した月は何故か悲しくてやっぱり自分みたいだと思ってしまう。
だけれどその月は長曽我部に言葉を与えてくれた。今までずっと話せなかったとても大事な言葉を。
それを寒さのせいで頬が赤くなってしまっている毛利に告げる。




「―――月が綺麗だぜ」




あの団体みたいに素直に告げられなくても、実はこんな表しかたもあるんだ。
だから、あの月が大好きだ。



月が綺麗だよ。《あなたがだいすきです》


Fin.

11.11/09





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