フルコォス*** | ナノ
フルコォス***




木を被う紅い葉も大分色づきはじめて庭を見れば一枚、また一枚とひらひら子どもの手のような葉が風に揺られて落ちていく。
普通の人ならそれは風流で心が落ち着くかもしれないが、長曽我部にとってそれは逆に不安さえ感じさせる。静かすぎることもあるのだが、その一枚いちまいが生きている気がして、仲間のところから離れてしまっているように思うのだ。
あの紅葉のなかにある一枚だけ未だに緑色のそれは、昔の自分のように思えてしまい、せめてお前だけは落ちるなよと、自分らしくもないがそっと心の中で祈る。


「……貴様らしくないな。見ているだけで苛立つ」

「来て早々それはねーだろ」

「五月蝿い」


隣に座っている毛利に言われた通り確かに自分らしくない。だけれどそんな言い方はないだろうと思う。
第一なにも言わずにいきなり来て隣に座って、長曽我部の屋敷にあった酒を呑んでいる者に言われたくない。むしろそっちのほうがぐちぐちと文句を言われてもおかしくないはずだ。
そんな常識は、毛利には到底効くわけがないのだが。


「何があったんだよ」


急に来ること自体珍しいがそれよりも、こんなにも酒を水のように飲み干している姿は殆ど見たことがなかった。長曽我部と違って、酒が嫌いな彼は嗜む程度しか飲まないのだが、こうして何かがある度に長曽我部のもとに訪れる。
誰が見ても分かるくらい出来上がっている彼は、気がつけば冷たい縁側に背中を預けていた。
然程普段と変わらない様子だが、毛利の目はどこか違う一点を見つめていて、彼が口を開くまで喋ることが出来なかった。


「……何故、こうも天命とは儚いものか」


きっと毛利が言っているのは、彼の兄弟のことだろう。あんなにも兵の命を考えていないような様子だった彼が、そんなことを言うのは意外で、本当に目の前の男は毛利なのかと疑ってしまうほどだった。
けれどきっと彼の本音で、いつもは心の奥底に封じ込めているそれがぽろぽろと言葉となっているのだろう。
いづれにしても、彼が酔っていることは明白だった。


「……さぁな。けど、それが時の流れなんだよ」


また一枚落ちていく紅葉を見ながら呟く。どんなにその葉を愛おしく思っても、落ちてしまえばもうそれは戻らない。
そんな小さなことで終わりがあるからこそ、始まりがあるのだと感じさせられる。
それを彼は知らないから、こんなにも苦しがっているのだ。それをただ聞いてやるしか出来ていない自分がとても悔しくて、奥歯を強く噛みしめる。


「そうか」


あんな言葉で納得するはずがないのだが、きっと様々な感情や酔いのせいでうまく頭が回っていないのだろう。
言葉にも心がこもっておらず、未だに一点だけを見つめている。
もしかしたら暫くは一人にしたほうがいいのではないかと思い始めて、席を外そうか悩んでいたときに毛利の声が聞こえた。


「貴様は先にいくなよ。そして、我の遠いところへいくな」

「…わーったよ」

「そんな軽い言葉で信じられるわけなかろう」


意外な言葉に反応が鈍くなり、それが気に食わなかったらしく、ようやく長曽我部に視線を向ける。
その虚ろな瞳は傷付きすぎた瞳をしていて、きっと自分がいないところで彼はそっと枯れるまで嘆きを吐き出していたのだろう。
これ以上傷付けたくない、そう思い彼の本音が零れる唇にそっと唇を寄せる。ただの接吻などではなく、触れたままゆっくりと小さく唇を動かして、音のない言葉を贈る。



まもるから



簡単な一言を告げてから唇を離せば、気のせいか彼の瞳に僅かばかりの明るさが取り戻されていた。
やっと見てくれた。今までちゃんと長曽我部の瞳を見てくれなかったので、視線が重なり合ってようやく二人の心が通じた気がした。


「……戯けが」

「うるせぇ」


いつもの調子を取り戻した彼に安堵し、もう一度接吻をする。
今度は触れる程度でなく、お互いがひとつになれるくらい深く長くすれば、毛利はその繋がっている部分の隙間から僅かに声を漏らす。
沢山飲んだはずの濁り酒のはずなのに、相手の吐息から薫るかすかな匂いのほうがより濃厚で、すぐに酔ってしまいそうになる。


「っく…ぅぅん、…っふ、…ずるっ…い、ぞ」

「おめーがだろ」


唇を離せば聞こえる文句を笑いながら受けとる。
狡いのは毛利のほうだ。こんなにも、彼のことしか見れなくなってしまうのだから。
そんな彼の傷は自分にも分からないほど深くて、鋭い。だから、自分が傍にいなくてはいけないのだ。


「もう一杯だけ飲もうぜ」


一枚いちまい落ちていく葉を見ながら、そんな葉をずっと二人で見ていたい。
時の流れは戻ってこないのなら、今を悔いる必要はなくて、ただ隣にいる彼の横顔を守るだけ。




とっておきのフルコォス《ひととき》は酒と、どんなものにも合うもの。




Fin.

11.11.06





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