声をかけたのは気まぐれ。
そのハズだった。
蝉時雨を煩わしく思う事すら無くなった夏の終わり
家へと帰る近道に と、公園を通り抜ける静雄の目に入ったのは、やや異質な黒い塊だった。
赤と水色でデザインされた、奇抜なデザインのブランコを堂々と陣取るその塊は、子どもに服の裾を握られてもビクともしない。順番待ちに焦れた子どもが乱暴に裾を伸ばし、学ランが間違いなく伸びているのにスルーを決め込む黒い物体。
いやいや、大人気ないだろうと静雄が近づけば、黒い塊は何かを子どもに渡し、また子どもも大喜びで駆け出して行ってしまった。しかし、静雄はすでに不自然なまでの近さまで歩み寄っているのだ。このまま去るのは不自然だし、かと言って声をかける理由もない。
「あのさ」
戸惑っていた静雄の心を読んだように声をかけてきたのは、黒い塊の方だった。
「俺に、何か用?」
顔を上げた黒い塊は、静雄が今までみた事がないくらい綺麗に整っていた。
綺麗という言葉が男にも使える事を静雄はこの日初めて知ったし、またこの先も使う事はないだろうと、ほぼ確信に近い思いを抱いた。
「……いや、用はない」
「? そう、変なの」
普段ならば激昂しかねない言葉であったが、そこに棘は含まれていなかった為静雄はすんなりとそれを受け入れた。しばらくの逡巡の後、カバンを乗せるのに使われていた隣のブランコに腰をかけた。
「あ、そこ俺の予約席なのに」
「分身でもすんのかテメェは」
「いや、俺じゃないんだけどね」
くすくすと笑って、黒い塊は、彼が主張する色と同色の髪をかきあげる。
額に浮かんだ汗をじっと見つめていると「なぁに?」と柔らかく尋ねられてしまうものだから、静雄は自分の態度が急に恥ずかしくなった。
「…………べつに」
「ふぅん?」
暫くの沈黙。
慣れてしまった蝉の鳴き声が急に耳触りになって、静雄はザリザリと足元の砂を意味無く集める。隣から足が伸びてきたので、それに集めた砂を取られないように必死になっていると、ブランコから滑り落ちた。静雄ではなく、黒い塊が。
「……何やってんの」
呆れを隠す事なく尋ねれば、黒い塊はぶすっとしたまま手を出してくる。起こせという事なのだろう、差し出した左手を掴まれ、笑った仕返しとばかりにグイっと引かれるが、軽い体重では静雄をよろめかす事すら出来なかった。
「…………君、むかつく」
「俺はわりと楽しいけど」
「〜〜〜〜〜!!!!」
ぐっと唇を噛み締めた様子を見るのが楽しくて静雄は笑う。
黒い塊は、それをポカンと見つめて「なぁんだ」と呟いた。
「んだよ?」
「ん?たいした事じゃないよ。俺が欲しいもの。俺じゃなければ、簡単に手に入るんだなって気付いただけ」
「………たいした事だろそれ」
静雄が眉を潜めれば、黒い塊は「いいんだ」と笑ってみせた。
「だから俺は、ここに来たんだ。君が俺を知らない、出会う前の世界にね」
「? お前、暑くてどうにかなった?」
静雄が心配してみせると、両手を広げて悦に浸っていた黒が嬉しそうに笑う。
少しだけゾッとした静雄は、そろそろこの場を去ろうと腰を上げる。
しかし、結局立ち上がる事は出来なかった。
ブランコが歪み、足元が波打っている。しゃがみ込んだ所を、恐ろしく綺麗な顔に覗き込まれた。
「ダメだよ、シズちゃん。見ず知らずの人に手なんて貸しちゃ」
未来ではね、痛みなく麻酔を打ち込むなんて簡単になるんだから。
クスクスと笑う男の笑みは美しさと狂気に満ちていた。
「好きだよ、シズちゃん。俺の世界の君がダメなら、どこまでだって追いかけてあげる」
伸ばされた白い掌の冷たさを感じながら、静雄の意識は薄れていく。
蝉の鳴き声と、笑いながら泣く男の声が混ざって、溶けた。
奇跡みたいに愛してる
(君の為なら、奇跡くらい何度でも!)
はじめは中学生なシズイザが、パピコを半分こしてチューする話でした。
さわやか初恋系だったんです。どうしてこうなった。
title by
月にユダ