たった一言。
それだけで許してもらおうなんて甘過ぎるだろ。
「シズちゃん」
ほら、またはじまった。
そんな視線を感じとったのだろう。臨也はニコリと、それはそれは綺麗に微笑んでみせた。見る者全てを魅了するような美しいそれに、人はなんでも叶えてやりたくなるかもしれない。だけど残念、俺は見飽きた。腹の中に蛇かなんか飼ってそうなヤツの笑い顔見たって何も感じない。…のだけど。
「…なんだよ」
俺は結局、こうして聞いてしまうのだ。
どうせとんでもない事を言われるとわかって居ながら。
「喉乾いた。キャラメルマキアート」
「それで?」
とりあえず、抵抗してみる。
が、臨也は”言わなくても分かってるでしょ?”と、すでに本に移っていた目線を一瞥するだけで言外で言ってのけた。こいつ、殺してぇ。
「まぁいい。それが二つ目の願いなんだな」
「うん、それでいいよ」
意外とあっさり了承されて気が抜ける。
一つ目の願いは、何だかんだで言いくるめられて幾つも聞かされるハメになったが、二つ目はこんなにあっさりなのが逆に気味が悪い。
「でもさぁ、シズちゃん。今更ランプの精(笑)なんて君も大変だよねぇ」
「うるせーな。テメェみたいなのに見つかった方が厄介なんだよ」
「へぇ、俺?」
臨也はなんでも持っていた。
金も、地位も、綺麗な顔をしているから女にだって不自由してはいないだろう。こういうヤツの願い事は、大抵は決まっている。
永遠に生きたいだとか、神になりたいだとか。
魔力よりも腕っ節の方が強い俺にそんな事を頼まれても正直困る。
けど、臨也は少しだけ違うみたいだ。
難癖つけて増やした一つ目の願いも些細な事だ。ビルの屋上まで身一つで登れとか、雲より高い所から落ちてみろだとか。魔力を使わなかったから、疲れなくていいけどな。
『んー。じゃあいいよ。君が本物だってのは信じてあげる』
『なんか、テメェムカつくな』
『嫌だなぁ。俺は大抵誰にとってもムカつく存在なんだよ。完璧だからね』
『……お前、友達いないだろ』
『いないけど?』
あんまり当たり前って顔をされたので、俺は友達欲しいっていうんだったら叶えてやろうなんて思って、じゃあ一つ目の願い言ってみろと聞いてみた。
『君、なんて言うの?』
『は?』
『だから、名前』
『…平和島静雄』
『ランプの精(笑)が随分と和風なんだねぇ』
『うるせぇよ!つーかお前、そのカッコ笑いカッコ閉じるってわざわざ付けるのヤメロ。すげぇムカつく』
『えー』
ふて腐れた顔をしている臨也だが、全然可愛くない。
全く可愛くなんか…ない、事もないかも知れないけど。
『じゃあ、シズちゃん』
『………あ?』
『君の事、シズちゃんって呼ぶのが一つ目の願い』
『………………別に、いいけど』
『本当?やった!』
それが、一つ目の願い。
そして、二つ目の願いがキャラメルマキアート。
「……よくわかんねぇヤツ」
俺は騙すだとか器用な事は出来ないから、臨也との契約時にきちんと説明したんだけどな。3つの願いを叶える代わりに、魂を貰う事。最近の人間は変わったヤツが多いって聞くけど、魂と引き換えにする願いにしては随分と欲がない。見た目に反して、意外と素直な良いヤツだったりするのかもしれな…
「あ、シズちゃん。自分で作ろうなんてバカな事は考えないで買いに行ってよね。俺、インスタントなんて死んでも飲まないから」
「……………」
前言撤回。
どうにかなるだろうとポケットから取り出していたキャラメルを静かにしま…おうとして、握り潰した。コイツ、俺の事奴隷かなんかだと思ってんじゃねぇ?
外に出ようとすると、臨也がパタパタと近寄ってくる。
なんだよ?と言おうとして、コートを羽織った臨也の真意を悟って口を閉ざした。
「…………一緒に行きたいならそう言えよ」
「やだなぁ。シズちゃんだけだったら、迷子になって帰ってこないかもしれないじゃん。飼い主として、それじゃあ後味悪いでしょ?」
「…………ふぅん」
頬が赤いのは、教えてやるべきだろうか。
マフラーを、赤くなった頬を隠すように巻いたあたり自覚はあるようだけれども。
なんとなく気分が良くて、足取り軽く外へ出る。
パタパタとついて来た音が、途中で止まり、急いで引き返していくのでやっぱり寒くて嫌になったのかと苦笑しながら。
わがまま王子様の従者も中々面倒だ。
だけど、多分悪くない。
いなくなった足音が、今度は走って近付いてくる。
臨也の手には、色違いのマフラーが握られていた。
わがまま王子様と一緒に
(お出かけしましょう、どこまでも)
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