じゃらり、と耳触りな音に眉を潜める。
もっとも、目隠しの下でのその変化に気付く者はこの部屋には居ない。
ーーもう少し正確に言うならば、この部屋に誰かが居た事が ない。
首に巻かれた耳触りな音を立てる鎖付きの首輪。
腕は身体の後ろで雁字搦めにされて、足はとっくに折られてしまった。歩くことさえ出来ない自分を、どうしてこんなにも執拗に拘束するのか、臨也には分からない。
「…まぁ、それだけ恨まれてるんだろうけど ね」
余裕に満ちた声で、煽るように呟くが、それに応える気配はない。捕らえたのだから、拷問するなり、恨みをぶつけるなりすればいいと臨也は思う。そうすれば、今後に対する計画も立てられるというのに。完璧に拘束され、逃げ道も塞がれた。現状を説明するならばそれだけだ。
状況把握が出来ない事、それが一番の問題であった。
もう少しすれば秘書が連絡のない長期の不在を不信がるかも知れないが、それで救出に来てくれるとはとても思えない。自分達は姿が見えなくなったから心配して探すような、心温まる関係では決してない。そんな関係は、温過ぎて願い下げだ。
ガシャンッ
扉が開く音がする。
臨也はこの時間が、一番嫌いだ。
誰もいない部屋に、例外として訪れる僅かな時間。
カツン、カツン、と革靴が音を立てる。音の感覚からして長身の男。足運びからして標準か、もしくは痩せ型。近付いてくると、煙草の香りが漂ってくる。
(…シズちゃんと、同じ煙草)
ここまでの情報で、臨也の人よりも優れた脳はとある画像を作り出す。見えない目の代わりに、どこまでも鮮明に。
布が擦れた音がして、男がしゃがみこんだのが分かる。
そしてその男の想像は、臨也の中ではーーあの金髪のバーテン服の彼だ。静雄は、少しだけ乱雑に臨也の顎を取る。そして口を開けさせ、固形の食料を詰め込んできた。初日のように臨也が吐き出さないように口元をしっかりと抑えこみながら、嚥下されたのを確認して、ゆっくりと手が離れていく。その次は、水。薬物は入っていないようだが、ここまでしておいて生かそうとするのが気味が悪い。臨也が声をかけても、男は何も応えない。食事を終えた臨也の顔を、暖かいタオルが伝っていく。目隠しが外される事は、ない。それから身体の拘束も同様で、自由になっている部分だけが清められていく。何事もなかったように捲られたシャツが元に戻され、そうして最後に折れた足にそっと手が触れる。
人よりもずっと優れた臨也の脳は、ある映像を作り出す。
あの男が、自分が傷付けたそこを泣きそうな顔で撫でる様子だ。
ガシャン、と鍵が閉められる音がして
今日の”一人ではない時間”は終わり。
次はおそらく明日だろう。たまに、もう少し時間があく時もある。
この状況に、臨也は笑う。
もう笑うしかないのだ。
自分は今、何を望んでいる?
あの宿敵が殴りかかってきた時に、死んでしまえばよかったなんてーーどう考えても馬鹿らしい。
あなたがいなかったら死んでしまう
(だから、俺が俺である内に 早く殺してよ)
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