創作30 | ナノ




柄にもない。
昨夜からの自分の行動を思い出して、臨也は深く息を吐いた。

「なんで俺…こんな事してるんだろ……」

現在の臨也は、鏡の前でクリーニングに出したばかりのコートを見比べて小一時間といったところだろうか。

どのコートも同じに見える黒一色だが、実のところは違うのだ。長さやファーの質感、着心地に至るまで全てが臨也の中では違うものとして認識されている。例え、他人には同じコートに見えようが断じて違う。だから秘書はいい加減「また同じコート?」とか嫌そうに言うのをやめてくれればいいと思うし、何度説明しても「はいはい」と、実にどうでもよさそうに流すのもやめて欲しい。いや、別に俺が分かっていればいいんだけど。別に切なくなんてないんだけど。現実逃避をしかけて、臨也は時計に視線を投げた。待ち合わせまであと一時間。そろそろコートを決めてしまおう。

(結構前、シズちゃんこの裾掴んで面白そうにしてたし、長めがいいのかな。いや、ヒラヒラしてうぜぇとか言ってた事もあるし…)

結局臨也は、長めのコートを選ぶ事にした。
ひらひらしてんな。と、ちょっと楽しそうに裾を掴んだ静雄の顔が浮かんだからだ。コートを着込んで、全体を確認する。完璧だった。毛先の跳ねた部分も直したし、静雄に触れた時に冷たそうに眉を寄せられた指輪も外した。何をこんなに浮かれているのだろうと冷静な部分が呆れているが、仕方がない事だろう。

今日は、静雄に会えるのだから。





「しーずちゃん!待った?」

「……………けほっ…」

臨也の顔を見て、それから何かを言おうとして咳き込んだ静雄にそっと近寄る。頬に手を伸ばすと静雄は少し、身を引いた。指輪はしていないので、冷たい指先のせいだろう。ごめん、と素直に言って抱きつけば暖かい体温が迎えてくれた。

「シズちゃん、待たせてごめんね?」

柔らかく言った臨也に、静雄は何も返さない。
暖かい静雄の心地良さに浸りながら、臨也は笑った。

「俺と会えなくて、そんなに淋しかった?」

電子キーで何重にもパスをかけた扉の先、常人ならばとっくに正気を失う量の薬物を投与して、それから縛り上げた静雄は頷かない。ただ、ぼんやりとした視線で臨也を見て、何かを話しかけて飲み込めない唾液に咽せるだけだ。その唾液を舐めとってやりながら臨也は微笑む。昨日静雄と会ってから起こった事、今日をどれだけ心待ちにしていたか、らしくもなく浮かれてしまった事をつらつらと語りながら。途中、静雄を探しにきた男の話をすれば、反応するはずのない静雄の表情が変わったように見えたので臨也は話すのを止める。

ようやく手に入ったのだ。今更とられるなど冗談にもならない。
今日の分の投薬をしようと腕をとれば、僅かに身じろぎをされて臨也は笑う。

「大丈夫。シズちゃんと俺はずっと一緒だから」

心配しないで、と微笑んだ臨也だけを映す静雄の瞳が、たまらなく好きだと思った。






「また明日ね、シズちゃん」

約束をして、重いドアを閉める。
そういえば、今日はシズちゃん裾はつかまなかったなぁと、少しだけ寂しく思いながら。


まぁいいか。
明日もまた、静雄に会う約束をしたのだから。





この恋、きみ色
(まっくろな、恋)




sousaku30 no.13





title by 確かに恋だった





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -