(雪男と 燐の彼女)

兄さんに彼女が出来た。
普通の女の子で、悪魔の事なんて何も知らない。魔障も受けていない一般人の、クラスメイト。
悪魔のことは一応説明したらしく(この馬鹿!!)けど、彼女は笑ったらしい。
それは彼女が悪魔を、ひいてはサタンのことを何も知らないだけで。その彼女にいろいろ説明するために三人で中庭に集まったのが今日だった。

「おいなまえ、なにそんなに雪男見つめてんだよ」
「り、燐の、弟・・・?」
「はい、弟です」

にこりと愛想笑いを浮かべる。兄さんが作ったお弁当が三つ並んでいる。
名字なまえ。兄さんの恋人は文字通り目を丸くして僕を見つめていた。

「うそだー!!だって奥村君っていえば入試学年トップのモテモテくんでしょ!?似てない!イケメンじゃん!」
「俺だってイケメンだ!」
「イケてなーい」

なんだか久しぶりのリアクションだった。
確かに僕らは双子だが二卵性でそっくりというより少し似ている程度だ。
よく知らない人からすれば同じ苗字の他人と思われる。僕らは性格だってあまりに似ていない。
そして目の前で笑い転げる名字さんは今までにいないタイプだった。
取り繕わない、飾らない。僕の周りにはいない人だった。
ありのままをさらけ出す笑顔は、兄さんに似てなんだかとても眩しかった。

「で、燐が悪魔?な話でしたっけ?この間尻尾も見せてもらったんですよー!あとクロも!かわいいし!無害じゃないですか?」
「・・・なんで敬語なんだよ」
「え、だって大人オーラが」

俺らと同じ年だよ!なんてギャーギャー騒ぐ兄さんと名字さんを見ていると、僕の心配なんてどうでもいいことのように思えてきた。
兄は悪魔で、弟は最年少祓魔師で、兄を殺す覚悟だってある。
全部嘘みたいだ。作り話みたいだ。彼女がいるからだろうか。彼女の笑顔がそう思わせてくれるのだろうか。

「奥村君?」
「え、はい」
「もしかして調子悪いんですか?うるさい?」
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「疲れてんなら無理すんなって!ちょっと横になれよ!」
「わっ」

人気もない中庭で突き飛ばされるように横になる。
いつの間にか敷かれていた兄さんのブレザー。
燐やさしー!と名字さん。
笑い声が、青い空いっぱいに響く。
そう、兄さんはいつも優しい。

「はぁ・・・じゃあお腹空いたから卵焼きちょうだい」
「おう」

なにが嬉しいのか、兄さんはにやにや笑いながらお子になった僕の口に卵焼きを運ぶ。
それは当然のように、僕の分の弁当箱ではなく、兄さんの弁当箱からだった。
今みたいに「じゃあ名字さんちょうだい」なんて言ったら、優しい兄はどんな顔をするだろうか。
今のように笑って、彼女をくれるだろうか。
そんな思考が頭をよぎる。

僕は、やさしい弟には到底なれそうになかった。


20130313 横恋慕ブルース