長くカールしていたまつげはすっかりしなだれ、マスカラとアイシャドーが無惨に滲む。
ウォータープルーフもお手上げの涙。
ファンデーションもチークもボロボロに剥げていた。

「いやぁ、すごい顔やねなまえさん」

五つ年上の幼馴染み。明陀宗大僧正名字家次期当主のなまえも、結局のところまだ子供なのだ。
兎のように目を泣き腫らしたなまえは、「柔造さんが」と呟いた。

「うん」
「柔造さんが、当主になるんやて。それで明陀から嫁さん選びはって」
「うん」
「柔造さん、蝮ねえさんを選んだん」
「うん」
「柔造さん、結婚しはるんやて」
「うん」

志摩家では随分前からわかっていた。
柔造が蝮に懇意だったこと。
だがどちらも次期当主、結ばれぬと思っていたが不浄王討伐戦のあと大僧正会議で蝮の罪を不問とする代わりに当主を継がせないと言う取り決めができた。
柔造は心置きなく蝮を娶ることが出来るようになったわけだ。

「わたし、ずっと、ずっと、柔造さんがすきだったのに」
「うん」

なまえもまた、当主として恋心を忍んできた。それなのに、彼女は選ばれることはなかった。

「なまえさん、泣いてええよ。僕みんなに内緒にしますさかい。好きなだけ、泣いてええよ」

年は下でも、廉造のほうがまだ背は高い。
歯を食い縛るなまえを両腕で閉じ込め、走ったのだろう、汗がほんのりかおる髪に唇を落とし、廉造は小さく囁いた。

「泣いてもええよ」
「ふっ…う…うぅ…ぞ、さんっ…柔造さん…」

誰も知らない廉造だけが知るなまえの弱い姿。
誰にも甘えなかったなまえが、明陀から少し遠い廉造だからこそみせた甘え。

「柔兄もアホやなぁ、こんな別嬪袖にするんやもん」

誰も知らずに死んだ、なまえの恋心。
もっと泣いて傷つけばいい。
浮かんだのは深く鋭い笑み。
待ち望んだ結末がようやく実を結び、廉造は堪らず口許を綻ばせていた。


20111114 心変わりの相手は僕に決めなよ