(雪男と)

どちらまで?
人気の少ない黄昏時。駅員の穏やかな声が私たちに問いかける。
正十字学園町の駅は大きく広い。だか古きよき風情を楽しむ悪魔がいるためか、時たまこうして時代錯誤な人力による切符改札が行われるのだ。
ぱちん、と切符には今日の日付が刻まれる。

「果てまで」

そう答える雪男の声は波立つ湖面に似ていた。小波に水面が揺れ、そっと声が響く。
私の分の切符もぱちん、と音を立てて日付が刻まれる。
ロマンチックですね、と柔らかな笑みを受け、私たちは人のいない電車に滑り込んだ。
ドアは閉じ、緩やかに加速を始めた電車はタタン、タタンと車体を揺らす。
人影はなく、がらんどうの車内に私たちはわざわざ身を寄せあって席に座った。
電車の走る音と、風が過ぎ去る音。それと、ふたり分の呼吸。

「どちらまで?」

私はあの駅員を真似て聞いてみる。
どんな顔だっただろう。思い出せず私はありふれた笑みを作った。

「果てまで」

雪男はそっと手を重ね、私の手を握りこむように包む。
太い指。少し固い肌の厚み。

「ロマンチックですね」
「そうですね」

ふわり、綿雪が舞うような笑みだった。
私は雪男の肩口に頭を預ける。
タタン、タタンと揺れる電車の動きと、肌越しに伝わる心臓の響き。
ふたつの振動はまぶたを閉ざせばより鮮明になる。
そして背中一面を照らす西陽のあたたかさ。ゆっくりと私たちを焼き尽くすように。
タタン、タタン。
電車は未だ走り続けている。


20111009 果てまでゆこう