レトルト故に味が一級品というわけではないが、週替わりで世界各国の料理が味わえるのはカルデア内の食堂の利点であると禧緒は考える。
個人的な好みとしては、あまり味の濃いものは好かないが、戦闘訓練に疲れた体は空腹を訴えているので大人しく食事を開始する。
昼時だが人はまばらでそれぞれグループが点在してテーブルを占めている。
禧緒はカウンター席に一人だ。
一緒に昼食をとるような相手もいないし、必要もなかったからだ。
しかしさらに良心的なのが食堂での食事はデザートが一品着くことだ。娯楽も少なく、閉鎖的なカルデア内だ。訓練生にとって唯一の楽しみに近い食事にプリンやフルーツ。たまにケーキが出るのは悦ばしかった。

「あら、今日のデザートはオレンジなのね」

ほんのわずかに弾んだような声音に禧緒は思わず振り返る。
しまった、というふうに口元に手を当て、居心地悪げに視線を泳がせたのはこのカルデアの最高責任者であるオルガマリー・アニムスフィアその人だった。

「オルガマリー所長」
「・・・なによ」

零れ落ちた禧緒の声にオルガマリーは不機嫌をあらわに眉を潜める。
昼食の乗ったトレーを持ち立ち尽くしたまま禧緒を睨み付けるオルガマリーに、禧緒は何かまずかっただろうかと肩をすくめた。

「いえ、所長が食堂で食事をされるのが、珍しくて」
「部屋にずっと詰めてると気が滅入るの。気分転換よ」
「あの、席をお探しでしたら宜しければ」
「・・・仕方ないわね。座るわ」

テーブル席はそれぞれのチームやグループ、研究職員たちが使っている。そこに一人で相席するのはかなり気まずいだろうと思っての提案は、案外すんなり受け入れられオルガマリーは席を一つ開けて禧緒の隣に座る。

「好きなんですか?」
「なに?」
「オレンジです」
「・・・ええ。頭痛には柑橘系が効くのよ」

若干声を和らげながら食事を始めるオルガマリー。
確かに医術に携わってはいない禧緒からしてみてもオルガマリーの顔色は良くない。

「所長、失礼でなければ治癒魔術を掛けましょうか?」
「あなたは・・・?」
「すみません。名乗らずに、メリアス家出生の禧緒・カールレオンです」
「カールレオンッ!?」

椅子から立ち上がり声高に名を呼んだオルガマリーは、周囲の視線に気づき二度三度咳払いをして何事もなかったかのように椅子に掛けなおす。

「そうね、名簿にもあったものね・・・。その、カルデアでの暮らしはどうですか?何か必要なものは?」
「あの所長。私はまだカールレオンの代理当主になったわけではないのでそういった態度は不要です。それに魔術教会に置いてはカールレオンよりもアニムスフィア家の方が地位も功績も高いのですから」
「・・・あなたは」
「はい?」

ころころと表情を変えるオルガマリーは、ほんの少しだけ嬉しそうに表情の力を抜く。

「私を笑わないのね」
「何故?その若さで家督を継ぎ、こんな重大な特務をこなすなんて並大抵の事ではありません。あなたを笑うことは自分の無知と愚かさを宣伝するようなものです」

禧緒は思ったままの言葉を継げる。
オルガマリーはしばらく呆然とした後、声を震わせ一言だけ告げた。

「治癒魔術を、お願いできるかしら?」

***

禧緒とオルガマリーは年齢も近く、同性、魔術師家系、圧し掛かる責任や取り組むべき問題と類似点は多く、かの食堂の一件以来距離はすぐに縮み、禧緒は所長室に何度も呼ばれるほどの中になった。
周囲からは「所長のお気に入り」「親の七光り」などの陰口が増えたが、二人はそれが気にならなかった。
禧緒は自らの考えることを苦手としていた。それを補うように魔力と魔術を持って立ち回り、逆にオルガマリーは自ら動くことを苦手とし、その代わりに思考や技術に長けていた。
二人は互いにないものを補うように、パズルのピースのようにうまく合わさったのだった。

どちらも友人らしい友人のいない人生だった。
期待と重責、抑圧と策謀。
そんな人生で得た、初めての友達と呼べる心許せる存在。
一年ほどの短い時間であれど、二人は互いを唯一無二の親友だと確かに感じていた。


20160605 神があなたにお与えになった