特異点Fで起きていた狂った聖杯戦争は幕を下ろした。 「次はランサーとして呼んでくれ。必ずアンタの召喚に応じて見せるぜ」 そう楽しげに笑い、赤い瞳を細めて座に帰した英霊キャスター、クー・フーリン。 そしてオルガマリー所長というカルデアの支柱を一つ失ってしまったものの、禧緒は運よく合流することができたカルデアの生き残り、デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトと藤丸立香を名乗る彼女のマスターとともに、定礎復元をなしカルデアに帰還することができたのだった。 *** 「マシュ!立香君!無事で良かった!それにカールレオン…。禧緒ちゃんも生きていてくれて本当に良かった…。あんな、あんなギリギリの戦いで、よく生還できたね…。よく、生き残ってくれた…。本当に良かった」 「ドクター・ロマニ」 「ロマンでいいよ」 目覚めた後立香と合流し、呼び出された管制室には目尻に涙を滲ませて、ふにゃりと笑ったドクター・ロマニ。そしてずいぶん数の減ったカルデア職員達。 レフ教授の謀反。オルガマリー所長の死。赤く燃え続けるカルデアス。 ひとつの特異点を修正した程度では、人類滅亡の危機は未だ覆らないようだ。 「今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」 「ドクターたちは?」 「僕らも交代で休むさ。けれど君は特に休まなくちゃ。カルデアのバックアップなしに正規の英霊と契約しながら自分も魔力を行使して闘い続けたんだから」 「カールレオンさんはカルデアのバックアップなしにレイシフトを!?」 「いや、こちらからの魔力供給が一度断絶されて、マシュたちと合流するまでは自分一人の魔力で戦闘を行っていたんだ」 ロマニの説明にサーヴァント化を解いたマシュは瞳を大きく見開き体を戦慄かせた。 「す、すみません!カールレオンさん。そんなこと露知らず前線に立たせてしまい…」 「禧緒で構わないよ、キリエライト。それに私は腐っても魔術師の家の娘だから、立香よりも魔力量が多いのは当然のこと。彼より前に出るのは当たり前だし、それに立香の指示のおかげで戦えたんだからあなたが気にすることないよ。適材適所というやつだから」 「…ですが」 「命があって帰って来れた。それで十分じゃない?」 「…有難うございます。禧緒さん。私の事もマシュで構いません」 「うん」 禧緒が差し出した右手にマシュはどうすればよいかわからず立香を振り替える。 立香はマシュの右手を禧緒の右手に沿わせ、その二人の手を包むように自分の手を重ねた。 「めでたしめでたし、だね」 「は、はい。先輩も、ありがとうございます」 「いやいや、こちらこそ。守ってくれてありがとう。マシュ、禧緒」 立香が緩く微笑み、禧緒もそれに応えてほほ笑む。 「そうして並ぶと兄妹みたいだねぇ」と和んだロマニの一声に、立香もうんうんと頷いた。 「髪の色が似てるね。あと瞳の色も」 「禧緒くん自慢できるよ〜。黒髪青目はカールレオンの始祖の象徴だからね」 「そのカールレオンっていうのは禧緒の生家?」 「まぁ。私自身は分家筋なんだけどね。カールレオンは魔術界隈では異端だから自慢にはならないと思うけど」 「異端、ですか?」 マシュがことりと小首をかしげる。 戦闘では怯えをひた隠し、凛とした表情で盾持ちの真髄を見せた彼女とはひどくかけ離れて見えたが、こちらが本来の姿なのだろう。 幼さを残すマシュの表情に、禧緒は少しだけ力を抜いた。 「魔術師の家系は基本一子相伝。けれどカールレオンは生まれた子供のすべてに平等に魔術の知識を与える。素質が無くとも本人の希望があれば魔術を教わることができた。それはある意味「神秘の秘匿」に反することだからね。魔術教会には煙たがれてるのよ」 「とはいえカールレオンは始祖が未だ健在だ。結果協会はおいそれと手が出せず、カールレオンの子供たちが残す研究や知識のおこぼれに預かってるのが現状だったけどね」 ロマニの捕捉に立香はしばらく考えた後に「禧緒って実は結構すごい?」とつぶやいた。 「家名でいえばオルガマリー所長を越えるよ」 「けど個人の功績は特にないから。私は研究とかもからきしだったし」 「でも禧緒の魔術はすごかった。キャスターと並んでても遜色ないくらいだったし。素人の意見だけどすごかったよ!」 「・・・ありがとう。あの、ドクター、そろそろ休んでも?ちょっと寝落ちしそう」 正直魔力炉は空っぽだ。戦闘に腕を振り回し、炎上する都市を駆けずり回ったので体は鉛のように重い。禧緒は礼装である杖に寄りかかり一息つく。 ロマニは軽く謝罪をして退出を許可し、ふらふらと自室に向かう禧緒の背中を見送った。 「ドクター。もしかして俺なにか気に触るようなこと言った?」 突然会話を切り上げ退室した禧緒に立香はしょんぼりと眉を下げる。 だがロマニはくっくと肩を揺らして立香の背を叩いた。 「いやいや、そんなことない。あの子は照れ屋なんだ。君みたいなのにまっすぐ褒められて、居心地が悪くなっちゃったんだよ」 必死に引き結ぼうと力をいれて歪んだ口許と、泣き出しそうに潤んだ青い瞳。 名を知られているがゆえに求められるものは多く、周囲は常に彼女を威嚇し、威圧し、嫉妬し、羨望した。 正当な評価を与えてくれるものは少なかっただろう。 魔術界隈を知らない立香の飾らない、心からの言葉が禧緒をこの場から逃げ出させたのだった。 よくわからない、と顔をしかめる立香だったが説明は野暮だろうとロマニはそれ以上なにも言わないことにした。 20160506 めくらの私と不干渉 |