数度目の交戦ののち、三体の骨の兵に囲まれ流石に泣きたくなる。
物質としては脆いが、相手は決して弱いわけではない。若干機械的な動きであれど、振り回される刃物の鋭さは本物で、気を抜けば手足は容易く断ち切られるだろう。
肺が擦り切れるような音を立てて酸素を送り出す。死にたくない、と心から漏れた感情は涙となって頬を伝った。
轟々と燃える炎。
かつてカールレオンの魔術の始祖は属性に炎を得ていたらしい。しかし永い時代の移ろいとともに取り込まれた血によって、禧緒の属性は水であった。水は炎に勝るが先に炎が領域を支配していれば話は変わる。
宝珠に残された魔力量も少ない。骨を砕く魔弾を打つより、からからに乾いた喉を潤す北海のごとく冷えた水を生む方がよほどに有意義だろう。
それでも、嗚呼、それでも。

「死にたくない!!」

そう吠えて魔弾を放つのが人の業なのだ。生きることを諦めない。殺してでも生き残る。
血の根底に刻まれた記憶とも呼べる意志。最期まで抗い続ける。たとえ命が奪われようと、魂までは汚せない。
三体のうち一体は砕け散った。魔弾に追従して杖を振りかぶる。一撃、二撃。切り結んで肉薄するが、しかし相手は人外なのだ。骨の体のくせにけたたましく咆哮を上げ、腕を大振りに振るえば禧緒の体は簡単に吹き飛ばされた。
泥に濡れた地面は炎が伝っていてひどく熱い。
ここで死ぬのか。いやだ、死にたくない。
どこかで諦めに萎える心があるのに、瞳だけは閉じなかった。どんな隙も見逃すまい。好機に変えてみせるという気概だけで目を見開く。

「アンザス!」

その視界に映ったのは、踊る炎が燃え上がり、一瞬にして二体の骨を焼き尽くす光景だ。骨しかなかった敵の体は、炭も残らず灰となる。

「よぉ嬢ちゃん。勇ましいねぇ」

その圧倒的な魔力と、そして清廉な空気に何とか答えようと禧緒は焼けかけていた喉をはくはくと動かした。
フードからこぼれる青い髪。軽装ではあるが魔力密度の高い礼装。極めつけの杖は、「家」から授かった礼装も遠く及ばない。原始のルーンが刻まれた霊木のそれだろう。
サーヴァントである。
影と泥に汚れた人形ではなく、正しく正規の「英霊」であった。
生憎の足りない頭では偉大な英雄の真名を知ることはできなかったが、英霊は気にした様子もなく禧緒の前に着地する。

「驚いたぜ。こんな状態でもまだ人間がいるとはな」
「こ、こは…なに、が」

何とか絞り出した声での問いかけに、英霊は軽く肩をすくめて苦笑した。場に似合わない朗らかな仕草だが、見下ろす赤い瞳は真剣だった。

「この冬木の地で聖杯戦争が起きていた。ああ、過去形さ。一体誰が何をしてこうなったか。生憎俺にも今じゃあ何が起きてんのかわかりゃあしねぇ。しかもマスターを失った以上、現界するにゃあ魔力もたりねぇ訳よ。悔しいがこのままじゃあ俺は座に戻るしかない」
「誉れ…高い…英雄の、あなたには不釣り合いな、一介の魔術師、に、すぎない。私で、よければ、一時のマスター、あなたが、聖杯を。この、歪み、を…正常、に。どうか…」

熱と痛みに意識が朦朧とする。息苦しさに渇いた咳を繰り返す。
なんとか片手を持ち上げれば、震える右手を見下ろしていた赤い瞳が楽しげに細まったのを確かに見た。

「途中でマスターを鞍替えするのは趣味じゃあねぇが、今回はそいつが最善みたいだしな。その申し出、ここは乗っからせてもらうぜ。それに嬢ちゃん、あんたの魔力は旨そうだ」

伸ばした右腕を英霊が掴みあげる。力の入らない体は容易く英霊に一本釣りされ、もう片手で腰を抱いた英霊が禧緒の口内を舌で弄った。
血と涎を絡め、吸い上げるようにしてそれを飲み下す。
ごくりと音を立てたの喉仏の白さをどこか遠くで認識しながら、禧緒は右手の甲に走った痛みに体を震わせた。

「俺はケルトの英雄クー・フーリンだ。今回の聖杯戦争じゃあキャスターのクラスで召喚された。よろしく頼むぜ?マスター」
「こちら、こそ。キャスター、クー・フーリン」

炎上都市を背にしているとは思えない、男臭く獰猛で、しかし狡猾な笑み。
ぞくぞくと背筋を掛けたのは、恐怖ではなく闘争を好む始祖の「血」か。それを見逃さなかったキャスターは、得たり賢しとばかりに笑みを深めた。

「あぁ、マスター。あんたイイ女だぜ」


20160506 ほのお、とおい目にうつす幻想