ディルムッドとクー・フーリンが仕留めてきたイノシシと大鷲数匹の丸焼き、という豪快かつ大胆な野性味溢れる食事は、アウトドア料理が得意だと胸を張ったディルムッドの妙技のおかげで生臭くもなく歯ごたえも軟らかい肉料理としてそれぞれの腹に収まった。
鳥の羽は綺麗に毟り、端切れに詰めて簡易の羽織まで作って至れり尽くせりである。
一夜限りだから構わないというのに、女性が体を冷やすのは良くないとの意見が三つも出れば、禧緒は申し訳ないながらもそれを受け取るしかなかった。

燃える薪の側で薄くも暖かな羽毛布団にくるまれれば眠気はあっという間にやってくる。
スカサハとクー・フーリンは護衛と火の番をし、ディルムッドは周囲に敵の接近が無いか警戒を怠らない。

「みんな、ねむくない?」

とろとろと微睡む声でかけた声。
その幼児のような声音にスカサハは柔く微笑み禧緒の頭を撫でる。

「我々はサーヴァント。現界したとはいえすでに体を持たぬものだ。我々は眠りを必要としない」
「でも…」
「ご安心くださいマスター。我々の疲れはマスターからの魔力供給によって癒されております」
「うん…」
「一人根が寂しいなら添い寝でもしてやろうかぁ?」
「…うん…」

え。と思わず固まったクー・フーリン。役得じゃないかと笑うスカサハは一つにまとめられたクー・フーリンの髪を引いて禧緒の隣に転ばせた。

「抱き枕だ。これでよく眠れるだろう」
「…恨むぜ師匠っ…!」

想い人と共にいるのに手も足も出せない。いわゆる生殺しというやつにディルムッドは同情を禁じ得なかった。
転がされたクー・フーリンの胸に額を擦り宛ながら微睡む禧緒。密接してくつ温かい熱源に触れるのはほとんど無意識らしい。
ぐぅ、となにやら唸るクー・フーリンだが、禧緒の穏やかな呼吸の前にしかたなく折れるのだった。


***


そうして夜も深まり一層気温が下がる。目を瞑り瞑想にふけるスカサハの代わりにクー・フーリンは寝転がったまま器用に枯枝を焚火にくべる。

「クー…」
「うん?」

柔らかな寝言に相槌を打つ。
だが眠っていたと思った禧緒は、ぼんやりと瞼を開いて風邪をひかぬよう羽織ごと抱きしめ自分を見上げていた。

「どうしたよマスター」

柔く声をかけてやれば、禧緒は悲しそうに瞬きを繰り返す。

「私もクーが好きだよ」
「おう、嬉しいねぇ」
「好きだよ…」

けれど、決して肌を重ねることはない。
禧緒はマスターだが、いわばすでに捧げられた女だった。禧緒にとって、たとえ相手が同じ霊核であっても、体が分かたれた時点で違ってしまった。
三人のクー・フーリン。
禧緒の身も心も一つだけだ。裂いて分けたりできやしない。

「あぁ、俺も好きだぜ。畜生…」

手に入らない愛しい女の頬を撫でる。涙がこぼれそうになる目尻を指先で拭い、もう寝ちまえ、と布団をかけなおしてやった。
やがて穏やかな寝息を立て始めた禧緒を見つめつつ、クー・フーリンは指先に残った涙のなりそこないを舐めとる。
霊基に馴染む、魂に染みるような魔力だ。
たとえ体が分かたれても、本質や根底は同じだ。結局自分はこのあどけない少女に惹かれるし、抱きたいくらいいい女だと思っている。
殺して奪えればどれほど良いことか。だがそうすれば禧緒は泣くだろう。それが見たくなくて、こうして二番手以下に甘んじている。
牙が削がれたか、クランの猛犬よと自問してみる。だが結局は何の答えは出ない。
そもそもクランの猛犬とは屋敷を守る勇猛な獣たちの名だ。
今はその名が示すように、この女をひた守るのも悪くないと苦い現実を噛み砕いで飲み込み、枯れ枝を焚き火に放り込む。
ぱちりと火が爆ぜ炎が強くなる。
クー・フーリンの欲望の炎も、強く、強く燃え続けていた。

20180122 救われなくっても僕はここに