「君たち、いつまでやっているんだ?」 トレーニングルームから響く騒音に近い斬撃音やらに顔を出したのはエミヤだった。 基本的に戦闘時以外はカルデアの食堂を居城としている英霊で、彼がその場を離れるのはレイシフト時くらいだった。 クー・フーリンがちらりと時計の方へ見やれば時間はたしかに昼時を指している。 しかし決着はつかない。矢避けの加護があるとはいえ、ハッキリ言って直接的な火力は大きく劣る。 「おうアーチャー!手早く終わらせてぇ!加勢しな!!」 「我が鞘をかどわかそうとは、去勢が必要なようだな!キャスター!!」 瞬間魔力放出による威力の上乗せにキャスターの魔力武装が破壊される。舌打ち混じりに飛びのけば、着地した足もとに矢を模したレイピアがつき立てられた。 「では、加勢させてもらおう」 「テメェ…!」 皮肉っぽく笑う弓兵にクー・フーリンは青筋を浮かべて全身を戦慄かせた。 槍さえあれば全殺ししていただろう。 「いやはや御仁ら、いったいいつまで。おや」 次いで顔をのぞかせたのはアサシン佐々木小次郎である。 なんの因果か立香の召喚に寄り集まった英霊は彼らが体験した冬木での聖杯戦争のメンバーがほぼ集結していた。 「手伝え!アサシン!」 「ほう!中々愉快なことになっておるようだな」 地面を一蹴りし戦いの渦中に飛び込む佐々木小次郎。純粋な戦士でも英霊でもなかった男だが、セイバークラスでないながら随一の剣技を持つ男だ。 かつての記録のように心躍る仕合を期待し、佐々木はアルトリアに肉薄した。 「チッ!」 オルタ化しているためかつての時より俊敏性が落ちている。さらに無窮の武練のスキルを獲得していないアルトリアにとって、単純な技量では競り負ける佐々木の乱入は歓迎したいものではなかった。 「本気を出せぬのが惜しいことだ」 「黙れ」 飄々と告げる佐々木にアルトリアは鋭く返す。 エミヤの鍛え抜かれた必中の矢も、さすがにアルトリアと佐々木の打ち合いに援護をしようにも邪魔になるだけだ。 仕方なく標的をクー・フーリンに定めるが、炎のルーンと矢避けの加護相手には勝負がつかない。 「大人しく射抜かれろ、キャスター」 「てめぇこそ、とっとと燃えちまいな」 だんだんと白熱してくる模擬戦闘はそろそろ頭に文字が霞むほどに熱量を上げている。 それに気づいたカルデアの職員たちだが止めようにもしがない研究職員等に出来ることは何もない。 彼らに出来ることは急いでロマニに通達し、禧緒と立香の帰還を急かすことだった。 そしてすぐに電力を回してトレーニングルームに強化魔術や疑似結界を施す。下手に壁が壊され外の豪雪などがなだれ込めばただでは済まない。 そもそもカルデアの外は滅んだ世界だ。施設自体はカルデアスの磁場に守られてるが外がどうなっているかは確認のしようが無い。 しかし下手に強化や結界に電力を回したせいか、サーヴァントたちはもう少し出力を上げても大丈夫だろうと大雑把に決定し魔力放出などの威力を上げる。 ロマニ筆頭に悲鳴が上がるカルデア施設に到着した禧緒と立香は、間髪入れずにトレーニングルームに送られた。 「『 道すがら詠唱を唱え扉が開くと同時に魔術を放つ。 北海を思わせる凍えるほどに冷えた水球が英霊たちにぶつかって破裂する。全身に氷水を浴びせられ、さすがの英霊たちも一瞬固まった。 「全員、そこまで」 マシュの盾にガードされつつひょこりと頭を出して立香が全員を見渡す。 禧緒も北海の歌姫を下ろし全員がクールダウンしたことを確認した。 「一体どうしたの?」 事の始まりはクー・フーリンとアルトリアだ。詳しい事情を知らない佐々木とエミヤはすいと発端の二人に視線を向ける。 「「こいつが!」」 まるで幼い兄弟のようにお互いを指さすクー・フーリンとアルトリア。 その光景に思わずエミヤが吹き出し、鋭い眼光を向けられる。 「ケンカはダメだよ?怪我はしてない?」 禧緒はいがみ合う二人の間に滑り込み、アルトリアの滑らかな頬と、クー・フーリンの逞しい首筋を撫でる。 表皮接触によりささやかな魔力。触れられた箇所がわずかに熱を持ち、アルトリアもクー・フーリンも瞳を閉じて獣のように禧緒の掌に肌を押し付けた。 「まるで猛獣使いだね」 「先輩!それは失礼かと!」 立香ののほほんとした声にマシュが慌てる。 どうやらことは収まったらしいので、エミヤは黒弓を仕舞い立香とマシュの肩を叩いた。 「帰還早々済まなかった。君たちも修練で疲れただろう。昼の用意はできているぞ」 「さすがエミヤ!ありがたいよ」 くぅ、と切なげに音を上げる腹部をさすりながら立香はマシュの手を引いて食堂に向かう。 禧緒には「先に行くよ!」と一声かけて、その姿はすぐに見えなくなった。 佐々木もアサシンクラスに相応しいくらいいつの間にかいなくなっている。 エミヤはアルトリアに一瞥をくれ、案外穏やかな表情で禧緒の手にすり寄る彼女に苦笑し自らのマスターの後を追った。 「さ、ケンカの原因は?」 禧緒の柔らかな声に先に折れたのはアルトリアだった。 「この男がマスターを独り占めするのだ」 「独り占めじゃねぇ。俺のだから間違ってねぇだろ」 「だが契約を交わした私のマスターでもある」 「マスターなのは認める。けど妻たぁ認められねえな!」 「妻?」 きょとりと目を丸くする禧緒にクー・フーリンがさらに声を荒げる。 「禧緒は俺の女だってんのに!第一おまえさんアーチャーがいるだろう!」 「シロウは我が鞘で禧緒は我が妻だ」 「我儘王めっ!」 「暴君だからな」 ふふんとささやかな胸を張るアルトリア。けれど禧緒は困ったように眉を寄せてしまった。 「私、当主様の意向もないのに勝手に結婚なんてできないよ」 となんと的外れなことを。 しかし意外な事だ。強者に恭順し、ある意味流され生きる禧緒は英霊の言葉に常に従っていた。多少のポーズはあれど、今まで一度も明確な拒絶や拒否はなかった。 妻と言えば頷くと思っていたアルトリアは驚く。 つまるところ、禧緒の中ではカールレオン当主は英霊よりも強いという事になるのだ。 「だが外の世界は滅んでいるぞ?」 アルトリアの問いに禧緒は美しく微笑む。 「カールレオンは滅ばないわ。決して。たとえ世界が終わっても、あの方たちは死んだりしないもの」 それは信頼か、信仰か、盲信か、盲目か。 禧緒の心を強く捉えるまだ見ぬカールレオンに、英霊二人はひやりと薄ら寒いものを感じながらひとまずは武装を解く。 「じゃあお昼にしよう?私もお腹かすいちゃった」 柔らかい笑みのまま禧緒はクー・フーリンとアルトリアの手を取り歩き出す。 結局勝負はつかないままだったが、存外真打が別にいることを知ってしまい、二人は苦く笑みをたたえ合うのだった。 20170218 純白のレースで覆われたこころ おまけ クー「俺の女ってのは否定しなかった」 アルトリア「殺す」 |