魔力は充足しているがやることが無い。
英霊は有体に言えば使い魔であり仕事と言えばマスターの指示で戦うことだ。
しかし現在マスターはクー・フーリンと魔力供給中。
もう一人のマスターもコルキスの女王と魔術訓練である。
修練場に行こうにも、サーヴァント単体で赴くことは許されていない。
与えられた部屋はあるがそこに娯楽などあるはずもない。
暇を持て余すアルトリアは人気の薄いカルデア内部を散策し、直感に導かれるまま通路を進んだ。

そして、運命と巡り合う。

「…シロウ」

髪は白く、肌は錆色。返り血のように赤い外装と、英雄に至らなかったが引き締まったしなやかな身体。

「…アルトリア」

瞳は一度大きく見開かれ、戦慄き、そして零れ落ちた小さな声。

「私の鞘。貴方もここにいましたか」

相対する返答は、暴君とは思えぬ程軟らかく、まるで凪いだ湖面の様に穏やかで優しい声音だった。
アルトリアは滑るように駆け出し、呆然と立ち尽くすエミヤを抱きしめる。
少女の細腕が回りきらない暑い胸板。だがしかし神秘は薄く、英霊としては覇気に欠ける。
だがその胸の奥の霊核には、アルトリアと同じほどの濃い神秘が隠されていた。

「アヴァロン、我が鞘よ」
「…君は覚えていたか」
「ええ、もちろんですとも」

黒化しているのが嘘のように、アルトリアの声音はどこまでも穏やかだ。
瞼を閉ざし、エミヤのその胸に頬を寄り添わせる表情はあどけなく、暴君とも騎士王ともつかない、少女のかんばせである。

「すまないが、君にアヴァロンを返還することはできない」
「どういうことです?」
「君のアヴァロンは私の霊核に同化してしまっている。私の脆弱な魔力でも多少は機能しているといえるが、宝具として扱える技量は私にはない。よってアヴァロンと取り出すことができないのだ。愚かな私を許してくれ。もっと早く、君にこれを返すことができていれば、君は妖精郷へ…。こんな場所には召喚されなかっただろう」

見上げたエミヤの表情は憂いに陰り、苦しげに呻く様に告げる言葉だ。それを脳内でゆっくりと噛み砕き、理解に至ろうとしたアルトリアは途中で首をかしげた。

「何を言っているのだ。私にとってアヴァロンはただの鞘だ。遠い過去に失われた鞘でしかない。しかしシロウ、いや、今はエミヤと呼ぶべきか?私のアヴァロンは貴方だ。貴方こそが我が鞘だ」
「なに?」
「ふふ、驚く表情はどこか幼く見せるな。かつての面影が思い出される。可愛らしい事だ」
「ちょっと待て、どういうことだ。アルトリア、何故さらにきつく抱きしめるんだ」
「なに、ゆっくり理解すればいい。マスターはどちらも忙しいので時間は有り余っているようだからな」

瞳を細め、舌なめずりをする。人類をかどわかす蛇にも似た竜の嗜虐的な微笑に、エミヤのスキルにも満たない直感が警鐘を鳴らした。

「待て!アルトリアっ!」
「たっぷりその身に教えてやろう。我が鞘よ」

うっとりと蕩けるような恍惚とした表情は、淫靡な暴君そのものだ。清廉な騎士王と根底が同じであるはずだが、どこまでもかけ離れ、そして変わらず美しい少女の姿。
小柄な細身からは想像もつかない筋力Aのステータスでエミヤを抱きしめ拘束し、乱雑に手近な部屋のドアを蹴り開けそこへ押し入る。

「まだ身体が火照っていてな。ゆっくり語り合うとするか」

黒衣のドレスが衣擦れを鳴らし、病的に白い肌が曝け出される。押し倒したエミヤに跨り微笑む笑顔はまさしく捕食者のそれに違いなかった。
扉が閉まる直前に響いた高い悲鳴は、一体どちらのものだっただろうか。


20160904 愛しいのはベッドの上のあなた