「オルガマリーッ!!!」 それは絹を引き裂くような残酷なまでの悲鳴だった。 金切り声に近く、断末魔にも近い。 浮き上がった彼女の体。 物理法則を無視したように地面を離れたオルガマリーの体は、目に見えない引力に引き寄せられ、カルデアに繋がる「穴」へ接近する。 通じる先はカルデアだが、その先にあるには分子レベルに人を分解する高密度の情報体であるカルデアスだ。 「いや―――いや、いや、助けて、誰か助けて!わた、わたし、こんなところで死にたくない!」 「所長っ!オルガマリー!!手を伸ばして!!こっちを見て!!私が助ける!!助けるから!!」 「どうして!?どうしてこんなコトばっかりなの!?誰もわたしを評価してくれなかった!みんなわたしを嫌っていた!やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいや……!」 「オルガマリーっ!!手を!!お願い!!私を見て!!」 「禧緒っ!!!」 見開かれた眼から涙がこぼれ、開かれた口からは血濡れの絶叫が。 腕を伸ばし、ほんのわずかに触れ合った指先は、たとえ霊子によって構成された本物の肉体でなくても、確かに彼女のものだった。 「邪魔はしないでもらおうか?」 「カールレオンさんっ!!」 レフの魔力放出か。目に映らない衝撃によって撃ち抜かれた体。オルガマリーに触れられたのはほんの一瞬で、それ以降、彼女の存在は、声は、姿は。どこにも見当たらなかった。 どこにも、見当たらなかった。 「オルガマリー・・・?」 かすれた声はただ残響を残し、帰ってくる答えはない。 「まったく―――最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」 「レフ、貴様・・・」 一年。禧緒はカルデアにいた。 重責を抱えながら人類の未来の為に所長としてカルデアに尽力したオルガマリー。 優秀な魔術回路を持ちながら、マスターの適性もレイシフトの適性も持たなかったオルガマリー。 謂われない噂や陰口、侮蔑、嘲り、無責任な暴言にも耐え、誇り高く立ち、人前では決してアニムスフィアの当主として、カルデア最高責任者の姿勢を崩さなかったオルガマリー。 そんな彼女が弱音を零せた数少ない内の一人。それが禧緒の知るレフだった。 「お前は・・・オルガマリーを・・・裏切って・・・?」 「裏切る?いいや、違う。私はあれを利用したにすぎないよ」 いつも、レフがカルデアで見せていた人の良さそうな笑みだった。 禧緒やオルガマリーに見せていた軟らかい笑み。 だからこそ、禧緒はただ心が命じるままに立ちあがり痛みを無視した。 「殺してやる」 「いけませんっ!カールレオンさん!残りの魔力ではもうっ!」 今の今までキャスターを現界させ、傷を癒し、宝具を放ち、魔力供給をしながら自らも戦闘に加わっていた。 たとえ強力な魔術礼装を持っていたとしても、禧緒の魔力炉はすでに底が尽きかけているのはマシュにもわかる。 残りの魔力では、精々先程の魔力放出を一度防げるくらいだ。 しかしここには炎があった。 カールレオンの始祖が支配した「炎」が。 そこに善も悪もない。炎は全てを焼き尽くす。 かつての世界では伝説をも殺し、またかつての世界では世界のすべてを滅ぼそうとした。 カールレオンの「炎」は「復讐」によって激しく燃え盛る。 「『炎よ!我が血に集い、焼き尽くせ!!』」 冬木全土に蔓延っていた泥と炎が、まるで意志を持つように禧緒へと集まっていく。 ほう、とレフは楽しげに肩を揺らして魔力障壁でそれに対抗する。炎は餓えた野獣のように獰猛にレフへと襲い掛かった。 「殺す!殺す!殺してやる!!返せっ!!オルガマリーっ…!!私の大事な友達を!!」 「まったくお前も、鬱陶しい小娘だ!!」 全ての炎をぶつけ無防備になった禧緒にむかってレフの魔力放出が放たれる。 駄目だ!と響いた立香の声を聴きながら、禧緒の意識は肉体に引きずられて弾け飛んだ。 20160605 二人のかたちが崩れたら |