1、大介の場合@



 駅前に、小さな映画館がある。

 客席数も150席くらいの、昔は仁侠映画を上映していて、春休みや夏休みには子供のアニメ祭りをやるような。実際、やってるんだけど。

 オーナーが変わってからは仁侠映画ではなく、封切の最新の邦画も流すようになったし、昔はどこの映画館でもそうだったように懐かしい名作を3本立てで流したりしていた。

 その小さな映画館で、アルバイトをしている。今年で2年目。

 今は吉永小百合主演の懐かしい映画を一日に6回流しているので、それを毎日観ている俺はセリフも完璧に覚えてしまっていた。

「大介君、これ頼める?」

 券を販売するもぎりの席に座る俺を妙子さんが後ろの事務所から呼ぶ。

「はい」

 俺は返事をして事務所に入る。

「次のチラシ。また商店街において貰って」

 500枚くらいづつ束になった次の上演作品のチラシをダンボールで受け取った。ずしりと重みがかかって一瞬よろける。

 妙子さんは面白そうにそれを見て、あはははと笑った。

「ファイト、大学生!」

「・・・・うす」

 もぎり席の下にそのダンボールを置いて、俺はさっきの仕事に戻る。

 今の回に入ったお客は34人。この小さな映画館では1回の上映で客数ゼロも普通にあるから、この回は大入りに入る。

 さすが、吉永小百合。


 あまりに小さな映画館なので、従業員は俺を含めて4人。これで365日まわす。

 雇われ支配人の大沢さん。73歳で、長いこと映画業界で働いているベテランだが、歳も歳なので出勤はいつも昼の12時頃だ。昼にきて、お茶を飲み、俺と話し、馴染みのお客さんと話し、4時には帰っていく。

 映写機をまわす映写技師の津野田さん。62歳。今では全て機械化されていてシネコンなんかではアルバイトがフィルムのスイッチを押すらしいが、ここではまだ技師が機械を動かす。フィルムをセットして、自分の手で。

 たまに古いフィルムが切れて映像が飛んだり画像が乱れたりすると、津野田さんが器用に直すのだ。そしてお客に謝る。

 しかし、映画って元々そんなんだ、とか、その古い感じが懐かしいと喜んできてくれる映画ファンばかりなので、苦情になったことは一度もない。

 現オーナーの娘さんで実質ここを動かしている妙子さん。28歳。結婚してからすることがなくて暇だと父のもつ映画館に顔を出して、これではいけないと思ったらしく、それからは毎日来ては雑用を片付けていた。

 そして俺。佐藤大介、21歳。大学の3回生。居酒屋のバイトが人間関係で面倒臭くなって辞めた後、駅前をうろついてたら、支配人の大沢さんがよろよろと映画の看板を電柱につけていて、それが余りに危なっかしく、つい手伝ったら、君、うちで働かない?と誘われたのだ。

 先日、窓口だけを担当していたおばさんが腰痛を理由に辞めてからは、このメンバーで映画館は動いている。

 券の販売、それをもぎる、客を誘導する、映画館の掃除、金庫の管理、映画館内の自販機の管理補充、チラシの配布、宣伝広告、電話受付、なんでもやった。

 俺と妙子さんしかそれをする人が居なかったから、一度手を出したら自動的に自分の仕事になった。

 朝シャッターを開けて映画館の一日を始めてから、夜、またシャッターを閉めるまでを全部俺がするので、大学のない日は15時間も映画館にいてる計算になる。

 大学の休み期間なんかは、もういっそここに住んだ方が早いんじゃないかと思ったほどだ。

 この映画館では毎日が、まったり、まーったりと進んでいた。

 仕事のほとんど全てが昭和時代のままの手作業なのでやることはいっぱいあるが、のんびりとしていて、いつでも皆でお茶を飲んでいた。

 今日はお客さんが目の前の商店街で買ってきたたこ焼きを差し入れしてくれて、妙子さんと津野田さんとお茶をしていた。

 妙子さんは一人の女性で、しかも若いので、華がある。

 男二人で彼女の喋る話をのんびりと聞いているのもいつもの光景だ。

 長い黒髪を耳の横で一つにくくっている。館内の照明でいつもツヤツヤと輝いてみえた。

 猫目を更に吊り上げて、興奮して話す。ただし、上映中なので一応小声で。

 今日はダンナの文句を言っていた。

 朝、ごみすら出してくれないってどう思う?!って。

 津野田さんが笑いながら相手をしていた。津野田さんは恐妻家だから、ごみ出しどころか何でもやるらしい。

 俺はお茶を飲みながら、時々入口の方を確認しつつ何となく聞いていた。

「大介君は、優しいしよく動くからごみ出しでもやってくれそうよね」

 急に話を振られた。くるくると表情がよく変わる。

「・・・・・仕事ならやりますけど。自分の家のことなら判んないです」

 簡単に答えると、機嫌を悪くしたようだった。

「なあーによ、それー」

 ごみなんか、捨てたことねーし・・・とは面倒臭いから言わない。ただ、ぷんぷんしている妙子さんを見ていた。

 一緒に働くようになって1年近く。

この人と一緒にいると空気が柔らかくなるような気がしている。


 休みの日に妙子さんの事を思い出したりなんかはしない。

 顔を見たくて急いで映画館に来たりなんかもしない。

 だけど仕事中に、妙子さんを確認しに事務所を振り返って覗くことが最近よくある。

 お茶に誘われたら、仕事の手を止めて事務所に入ってしまったりもする。

 仕事に入って、今日は妙子さんは来るのかとシフトの確認をしたりもする。

 このアルバイト先で、唯一年齢の近い人だからだ、とは思う

 でも、後姿を目で追ったり、映画館に掛かってきた客からの電話での笑い声を聞いていたりする。

 その自分に気付いた。


 まだ、恋だの愛だのじゃあない。

 もし恋心があるとしても―――――――――10%や、そのくらいだ。


 お茶を飲み干してご馳走様でした、と呟き、自販機の補充をするために事務所に入る。支配人の机の引き出しに自販機の鍵が入っているからだ。

 妙子さんが津野田さんと話す声が聞こえる。

 缶のパッキンを開ける手を止めて聞いてしまっていた。ハッとして、頭をふる。

 ・・・・何してんだ。今は仕事中だってのに、俺は。

 大体、相手は、既婚者じゃないか。7歳も年上の。

 力を込めて、缶ジュースのパッキンを台車に積んだ。


 夏の終わりだった。


 最終回の上映が終わって、客を全部出した(言っても、6人しか居なかったけど)後の映画館で、入口のシャッターを半分ほど閉めて、俺は一人で映画館の掃除をし始めていた。

 どうせ一人だし、音楽は映写を止める時に津野田さんが消してから帰ってしまうので、ウォークマンを聴きながら掃除をしている。最初は勿論そんなことはしてなかったけど、電話もかからない上に静かな映画館では音が響いて、一人で掃除していると気が滅入ってくるのだ。

 仕事中に音楽が聴ける、小さな映画館に勤めるメリットとしては、そんな自由がある。

 だから今晩もそうしていた。

 最近聞いているアイスランドのバンドのアルバムを流しながらいつもの手順で掃除を始める。

 まずは客席の間に落ちたゴミを集め、椅子に忘れ物がないかを点検し、ジュースやなんかを零したあとがあれば拭いたりする。小さいとは言っても150席もあるので、一人でするとそれなりに時間がかかる。

 待合室、そして両方のトイレ、事務所の床を簡単に。自販機やソファーをふき、金庫の施錠を確かめ、明かりを落として、やっと帰宅となるのだ。

 だけど、今晩はちょっとした異変があった。

 客席内の掃除を終わらして、ウォークマンの音楽にのりながら待合室に出てくると、目の前に人影が見えてビックリした。

「うわあ!」

 本気で驚いて飛び上がった。

 音楽で、入口が開いた音も誰かが入ってきたことにも気がつかなかったのだ。

 驚いて跳ね上がった鼓動を抑えながら、腰につけたウォークマンのスイッチを消す。冷や汗が出てきたほどだった。あまりに驚いて。

「・・・・・妙子さん!」

 冴えない表情の妙子さんが立っていた。俺の驚きが大きかったのが面白かったらしく、口元は笑っていたけど。

 両手を合わせて、ごめん、驚かしてしまったね、と言った。

 その声も小さかった。



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