・ニューイヤー・スマイル・1



 そのままで、眠ってしまっていた。


 さらさらと気持ちの良い感触を頬に感じて、私はゆっくりと目を開ける。

 何か凄くいい夢をみていたような気がする―――――――・・・と思いつつぼやける目を擦った途端、至近距離で私を見る平野の顔を捉えた。

「・・・おはよ」

「わわっ!!」

 平野が指で頬を撫でて起こしてくれたらしい、と気がついた後に、ぎょっとして飛びずさろうとして――――――――壁に頭の後をぶつけてしまった。

 ごん、と大きな音がして、私は床に転がる。

「・・・何してんの、お前。痛みは大丈夫か?」

「ううう〜、い、痛い・・・結構な痛みだわ」

 私が頭を抑えながらそう唸ると、平野はため息をついた。

「頭はな。俺が聞いてるのは体の方。とくに、下半身について」

 え。

 一気に思い出した。下半身の心配をされるようなことを―――――――つまり初体験を!ついに!しかも平野と!してしまったってことを!!

 ぎゃあ〜!

 そしてよく考えなくても現在の私は、真っ裸である、そのことにも思い当たって、寝転んだままで私は慌てて毛布をかき寄せる。

 うんぎゃああ〜!!

「え、ええと・・・べ、べべ別に痛みは・・・」

 感じ、ない。言いながら自分の手で触れてみると、やはり若干の痛みが蘇った。それに、今までにない違和感も。

 ―――――――・・・・ああ〜・・・これが、処女膜喪失の感覚なのね〜・・・。

「出血はしてないのか?」

「え、あ・・・」

 毛布の中でごそごそと確めると、少しだけ出血しているのが判った。うわあ〜・・・恥かしさで体がカッカしてくる。

「・・・ちょっとしてるけど、大丈夫」

 照れたり呆然としたりで忙しい私の隣で、そっか、それは良かった、と言いながら平野が起き上がる。毛布から出た上半身は思っていたより大きくて筋肉がついていて、それだけで私の顔は真っ赤になってしまった(はずだ)。

「お腹すいたなー。昨日食べてない餅でも食べる?トースターあるか?」

「へっ!?あ、トースター?・・・は、ない、けど、フライパンで焼くよ」

「焼けるんだ。へえ」

 当たり前だけど平野も素っ裸だった。なのにヤツは別に恥かしがりもせずに立ち上がって、ストーブのスイッチを入れたらしい。それから毛布に隠れて包まっている私に向かって言った。

「ここはシャワーはあるんだよな?借りていい?」

「・・・どうぞ」

 ヤツが行ってしまうまで、私は毛布から頭を出すことが出来なかった。・・・超、フツーだわ。すんごい。慣れてるとあんな態度なんだろうか!?慣れてる・・・慣れてるの、平野!?

 水音が聞こえだして、ようやく毛布から脱出する。とにかく服、服を着なければ!私は急いで下着をみにつけて、部屋着に着替えた。それから私が寝落ちしたあとに平野が下ろしたらしいベッドの掛け布団をベッドへと戻し、毛布を畳んで片付ける。

 ふう、と息をついてから、次は朝食を作り出す。平野が買ってきたお餅を取り出して、フライパンをあたためてお湯を沸かす。

 何かしていると余計なことを考えずに済むので楽だった。新年一日目の今日、外は雪は止んで晴れているらしい。音がないと緊張するかもとつけたテレビのニュースでは、新年の初買いにとデパート前で並ぶ人や初詣へいく人がうつっている。

 たくさんの人でごった返しています、そう話すキャスターの声も心なしか弾んでいる。

 そうか、新しい年なんだよね。そして今日は仕事も休み。そう思ってようやく笑顔が戻った時、平野がシャワーから出てきた。

「お、いい匂い」

「えーっと・・・君はお餅いくつ食べる?」

「4個」

「はいはい」

 ああ、顔が見れない。やっぱり恥かしくて。だけど今はやることがあるから――――――――

 ふ、と手元が翳ったと思ったら、ツイと近寄った平野が後ろから両手を回して抱きしめてきた。

「うっひゃああ!?」

 私の背中からまわした両手は腰の前でがっちりと組まれ、肩に乗せられた平野の頭からはふわりとシャンプーの香りが漂った。驚きで手が跳ねてフライパンが音を立てる。

「ちょちょ・・・あのー。も、もしもし?!」

 びっくりして体をかためる私を、後ろからぎゅうっと抱きしめて首筋に鼻先を押し付け、平野がいつもの掠れた声で言った。

「体は、貰ったからさ」

「へっ!?」

「心もくれないか?」

「へ――――――――」

 平野の鼻先が首筋を撫でてくすぐったい。私はつい身をよじってしまって、ますます体同士がひっついてしまう。

 心もくれないか?って、平野が言った――――――――心、も、くれない、か・・・?

 ぼって音がしたかと思った。きっと今、私は顔だけでなく全身が真っ赤なはずだ!

 私は答えられないままで固まっている。フライパンの上でお餅が膨らみだし、火の調節をしなきゃならないと思うのに、このままではどうしようもない。

 何て――――――何て何て何て答えればいいの!?どうしよう、どうしたら・・・。無言で固まる私を抱きしめたままでため息をついて、平野がぼそっと言った。

「・・・ま、おいおいでいっか。とにかく、俺達、付き合うってことで」

「え!?」

「ん?何か問題ある?」

「も、問題!?問題はそりゃあ山ほど・・・だって、だってそもそも平野は」

 私のこと、好きだったっけ!?

 私は心の中でそう叫ぶ。だって昨日は、なんというか雰囲気に流されてしまったというか、高熱の後遺症で寂しがり屋だったところにピンポイントで攻められてしまったから負けちゃったというか、とにかくお酒が入っていたし大晦日の興奮もあったしで起きたことで、レイプではないけれども襲われたってことには違いはなくて―――――――

 大体平野は、私のことが・・・。

 その時、私の首筋に埋めていた顔を上げて、平野が耳元でのんびりと言った。

「藤が好きだし、これからもイチャイチャしたいって思うよ。何なら今この体勢からでも」

「・・・え、ええーっ!?」

 何だってー!っつか、なんてことを言うんだ、それもサラッと!!私のガチガチに固まった手の中で、フライパンが震えている。

 平野が首筋に吸い付いた。ちゅっと音を立てて唇を這わせ、私は電気が走ったみたいに体を震わせる。

「うひゃっ!?」

「・・・餅もだけど、藤もいい匂いがする。何かいう事信じてない感じだけど・・・でも俺ずっとアプローチはしてただろ?」

 アプローチ!?アプローチって避ける私にわざわざ近づいては話しかける、あの迷惑行為のことかっ!?

 更に吸い付こうとしてくるから、私は首を斜めに倒して必死で平野の唇から逃げる。危ない危ない!色々と危ない!

「うひゃああ〜!ちょちょ、ちょっと平野!あ、アプローチって・・・」

「んー色々。話しかけたり、待ち伏せしたり。そんなこと、どうでもいい相手にするかよ。それに藤に彼氏が出来たって聞いた時、俺が不機嫌になったの覚えてないか?」

「・・・そうだっけ?」

「そうなんだよ」

 だけど作業場での平野はいつでも無口で不機嫌そうだけど!?そんなの判るわけないでしょ〜!?

 焦げる匂いが鼻をつく。だけど絶賛大混乱中の私(意識的には抱きしめられているというより羽交い絞めにされている感じ。もしくは電車の中の痴漢とか!)は、お餅に気を配っている余裕など全然ない。

 そんなに驚かなくても、そう言って平野は苦笑する。

「それにちゃんと覚えてるか?昨日・・・というより今朝、一緒に寝たってこと。俺、好きでもない女の子を抱くほど飢えてないんだけど。――――――まあとにかく、今は餅を救ってやらなきゃな」

 そう言うと抱きしめたときと同じくらい唐突に体を離して、平野は部屋の隅に置いたテーブルを出し始めた。

 せ、宣言・・・されてしまった。私は驚きから冷めないままで、震える手でフライパンの火を消した。とにかく膨れてしまったお餅をお皿にうつし、砂糖に醤油を垂らしたのをつけてテーブルへ運ぶ。右手と右足が一緒に出そうだった。それで転けたら格好悪いぞ、私!フライング餅になるんだぞ!何としても踏ん張るのだ私!

 平野はもう平然として、テレビの画面を見ながらお茶を飲んでいる。

「・・・でき、た」

「うん。ちゃんとフライパンで作れるんだなー、焦げてるけどうまそう」

 焦げてるのは誰のせいなんだよ・・・と私が魂を逃しかけていると、平野は手を合わせてにっこりと笑う。

「頂きます」

 そう言って。




 平野はその日の夕方まで帰らなかった。

 私は朝食の焦げたお餅を食べている時も、それから平野に誘われて初詣に出かける時も、さっき彼が言った言葉が頭から離れずにぐるぐるとまわっているのを感じていた。

 体は貰ったから、心もくれないか?そう言った。しかもその後で、藤が好きだしって言った!!それって・・・多分、かなり、かーなりちゃんとした告白なんだろうって思うけど・・・。ってかこれ以上ないくらいに、正統派の告白なんだろうけど・・・。

 何か釈然としないのは、何で?

 そして、嬉しいのかそうでないのかが自分でも判らないのは、何で?

「寒いな〜、でもこれでこそ新年って感じだよな」

 アパートを出るなりそう言った平野が、一緒に歩く私の手を握ってくる。一瞬ぎょっとしたけれど、そのままでつながれていた。

 嫌ではなかった。

 ただ恥かしくて、自分が自分じゃないみたいだった。

 平野と一緒に手を繋いで歩いているのが、信じられなかった。

 だって昨日まで一人だったのだ。好きな人もおらず、誰かと付き合う自分など想像も出来ないで。

 近所の神社は混んでいて、露天もたくさん出ている。私と平野は一緒に並んで、平野が話すことにぼーっとしながらも返事をしていた。

 あまりにも色んなことが一度に起こったせいで、私の許容範囲はぺちゃんこに潰れてしまったのだろう。呆然としている間に御参りを済ませ、呆然としている間に屋台で食べ物を買っていた。




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