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 俺はちょっとばかり意地悪な気持ちになる。年上の格好いいこの人を慌てさせることは出来ないものだろうか。

 ううーん、何とかしてみたい・・けど。

「滝本さんは・・・」

『うん?』

「心底惚れた女性がいますか?」

 耳をすませてみたけど、彼の態度は変わってないようだった。むしろ、前より楽しそう・・・かも。

『神谷君、よっぽど混乱してるんだな』

 くそ、やっぱり楽しんでる。でも俺は食い下がることにした。

「いるんですか?どうしようもなく好きになる女なんて。俺にはまだそれがないんです」

 つまり、テル以上に関心を持つ女の子なんて。

 うーん、と向こうで考えるような小さな声。暗くなった部屋の真ん中で突っ立ったまま、俺は携帯電話を耳に押し当てていた。必死で。

『・・・そうだな、これだけは言えるかな』

「え?」

『私には必要な女性がいる。そして、彼女を手放すつもりはない』

 へえええええええー!!

 思わず叫びそうになって手で口を押さえた。ぐっと少しだけ音が漏れてしまう。

 ・・・滝本さんに、そんな人が!!

『驚いたみたいだな』

 まだ楽しそうな声で滝本さんが言う。俺は急いでいえいえ!と返した。

「あの・・・それは、羨ましいです」

 本音だ。必要って、大事ってことだろ?空気とか、そんなレベルで。そんな大事な人がいて、一緒に居てくれてるのなら素晴らしい。俺は非常にその立場が羨ましい。

 うん、と声が聞こえた。滝本さんの背後のざわめきが少なくなっている。どこかの建物に入ったのかもしれない。

『私には彼女が必要だ、それが自分で判ってる。だけども、それだけが一番ではない。築き上げてきたもの、つまり・・・この仕事なんかと、彼女を比べることは出来ない』

「・・・はあ」

『別物だ。だから、どっちも手に入れた』

 ・・・簡単に言うなあ〜・・・。俺はしばしぽかんと口を開けていた。

 くくくく・・・とまた小さく笑い声が聞こえた。そして滝本さんは笑いの余韻を残した声で言う。

『すまないが、仕事が待っているんだ。神谷君、また。電話をくれてありがとう』

「あ、はい、すみません、忙しい時に・・・」

 では、と柔らかく言って、滝本さんは電話を切る。

 俺はしばらくそのままで突っ立っていて、言われたことをぼんやり考えた。

 ――――――――――恋に恋しているなら・・・

 って、俺、そうなのかな。

 姉ちゃんがしたような恋に憧れた、それはあるかもしれない。離れても強く感じるような、あんな感じのものに。だけども・・・だけども、今まで付き合った女の子達のことだって、ちゃんと好きだったんだけどな〜・・・。

 そのはず、なんだけど・・・。

 ぬくもりを求めていただけだったのだろうか。

 それだけじゃダメなのかな。

 そういうものじゃないのかな。

 抱き合って、微笑んで、彼女が喜ぶ顔を見たいといつでも思う。だけど、心の半分はテルへと向いている。


 テルが・・・誰かと一緒に道を進むと決めたら・・・そしたら、俺も誰かに向き合えるのかな。

 テルが、ハッキリと判る形で幸せになったら。

 そしたら・・・。



『人のせいにしてんじゃねーぞ、オッサン』

 ばっさりと、一刀両断だった。

 正直な俺はテルに電話をかけたのだ。テル君、俺の為に彼女本気で作らない?って。

 すると、愛想のない甥からはこんな答えが返って来たってわけ。

「・・・・おまえ、本当〜に可愛くないね・・・」

 ずるずるとベッドにもたれかかって、俺はケータイに向かって呟く。何てヤツだ、真剣なのにさ、俺は。

『オレは今でじゅ〜うぶん幸せなのよ。一人でだらだらぐでぐでしてるのが性にあってるっつーの。オマエは寂しがりやなんだから、さっさと結婚しろって前にも言ってやったデショ』

 あいつ特有のたらたら〜っとした言い方で喋る。きっとあっちもベッドに寝転んでいるかもたれかかっているに違いない。

「うーん、だって、俺が家族をつくるとテル君寂しいでしょー?」

『いや全然。むしろ鬱陶しいのが消えて有難い』

「・・・ちょっとは躊躇しろよ」

 ああ、可哀想な俺。

 窓から見える月を見上げる。

 困ったことがあったらいつでもテルはこうしている。この子は空を見上げて、いつでも問いかけてるみたいだったんだ。姉ちゃんに。

 母さん、どうしたらいい?って。

 俺にはそう見えてた。

 そんな時、何だか悔しくて俺は何かを殴りつけたくなる。

 俺がいるから。ちゃんと守るから。そう言って抱きしめたくなる。

 だけどテルは、俺に気付くとシレっとした顔で言うんだ。

 ああ、ハル、いたのって。

 そして普通の顔で見上げて、どうしたの、そんな顔してって言う。あー、腹減ったって。今晩のご飯、どうする?って。

 いつでも自分で淡々と対処している。

 判ってる、この子は弱くない。大丈夫なんだって、判ってる。大事なことは相談してくるし、それ以外はいつだって自力で何とかしている。

 判ってるんだ――――――――――――

『あ、そうだハル』

 電話の向こうでテルが言った。

「ん?」

『オレ、ちょっとまた旅行いくから。明後日からしばらく留守にするから来てもいないよん』

「取材か?どこ行くの」

『決めてない。昨日久しぶりに外出て、小銭があったからスクラッチしたんだよ。そしたらオレってばすげーぞ、3万当たった〜』

 おお、それは凄い。200円で3万?それはデカイな〜!ここ一年くらいの運を全部使っちまったんだな〜。

「優しい叔父に還元はないわけ?」

 一応聞いてみたけど、愛想のない甥は電話を切ることで返答した。

 つー・つー・と切れた携帯を切って、月を見上げる。

 ・・・ほらな、テルは大丈夫だ。

 ふらふらとしているようで、ちゃんと自分の足で歩いている。

 俺は?俺は一体どうしたいんだ?


 親が生きていたら何て言うだろうか。

 姉ちゃんだったら笑いそうだ。バカじゃないの、って、きっと笑うだろう。そして多分、頭を撫でてくれる。

 そして、テルだったら―――――――――――

 オマエはオマエだろ、そう言うかな・・・。

 オマエって面倒くせーな、そう続けそう。


 苦笑が漏れた。

 ああ、こんなこと考える夜も久しぶりだ。別れはいつでも感傷的な夜をつれてくる。

 32歳にもなって、俺はまだ自分探しかよ。

「さて・・・」

 立ち上がった。窓を閉めて、カーテンも閉める。そして改めて部屋の電気をつけに行った。


 風呂にでも、入るか。







 「Love the love」終わり。

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