B

「まさか。あの手この手で懐柔しようとやっきになってるわ。プレゼント、電話、メール、会社まで迎えに来たりとか」

 そんなつもりじゃなかったんだ、勿論君の財産に口出しはしないとかなんとか言ってたわ、と嫌そうに口元を歪ませた。

「・・・はあ、それは凄いね。それで、お姉ちゃんは?」

「プレゼントは捨てて、電話は拒否してブロック、メルアドを変えて、会社の警備員を呼んだわ」

 真顔でしれっと言う。

 恐ろしい女だ。苦手な男性ではあるが、広志さんに心の底から同情した。

「そこまでする?だってお姉ちゃん好きだったんでしょ?好きだから付き合ってたんだよね、3年間も?そーんなにすぐに嫌いになれるものなの?」

 あたしが若干呆れながら聞くと、彼女はツンと顎を上げる。

「ちょっとここは、て思うところは勿論あったのよ、今までも。だけど目をつぶれる程度だったってこと。だけど、今回のことは目を潰れないわ。このまま結婚すれば、私の権利をあっさり無視しそうな男だって思ったのよ」

「そ、そうなんだ」

「人が悲しんでいる時にお金の話ばかりなんて最低よ。その時は本気で包丁で滅多刺しにしてやろうかと思ったわ。見苦しいからしなかったけど」

 恐ろしいことをさらっと言って、だからね、と姉が冷気をといて身を乗り出す。

「もしかしたら、あんたの所に行くかもしれないと思って」

「え!?」

「あたしに会わせろって。先に説明しとかなきゃと思ったの。もし来たら、姉はあなたに興味がないみたいですって言っておいてくれる?」

 ・・・・えええー!!!

 あたしは泣きそうになる。

 嫌だああああ〜・・・そんなの。あたしあの人苦手なんだからああ〜・・・。しかも、そんなどうしたって機嫌が悪そうな男を。

「嫌よ〜・・。もし暴れられたらどうすんの〜」

 あたしが泣き言を言うと、姉はひらりと手を振った。

「プライドの高い男だからそんなことしないと思うけど、もし暴れたら警察を呼びなさい」

「ええ〜!!」

 用件は終わったとばかりに、姉はにっこり笑って鞄を持ち上げる。

「たまには実家にも顔を出すことよ。父さんと母さんが、あんたは大丈夫かと心配してたから」

 そして会計を済ませ、店員を悩殺し、あたしに手を振って、華やかに去って行った。

 あたしはうんざりしてしばらく座ったままでいた。

 その内迷惑そうな顔をした店員がテーブルを片付けだしたので(さっき姉にとろけていた男だ。まったくもう!)、追い出されるように店を出た。

 電車に乗って、元気なく最寄の駅に戻る。

 あああ〜・・・面倒臭いこと聞いた。

 あの男が義兄にならなかったことはあたしにとっては吉報だけど、それにしたって、終わりは綺麗にお願いします、お姉さま、だよ〜。

 頼むから、修羅場に巻き込まないでよ〜・・・。

 あたしは暗い気持ちでとぼとぼとスーパーに寄って買い物を済ませ、すっかり日も落ちた夜の中家に戻る。

 今日はぶりの照り焼きに決めた。そして、ゴマ豆腐、白菜の炊いたの、それから―――――とメニューを考えながら歩いていると、玄関の前に人影を見つけて立ち止まる。

「・・・・・あ」

 あ。

 ・・・さすが、お姉ちゃん。先読みのプロ。

 今はあたしの家となったその玄関先にスーツ姿で佇むのは、紛れもなく、つい最近親戚になりそこねた男だった。

 数メートル前で立ち止まったあたしに気付いたらしく、門灯の下まで出て広志さんは顔を見せた。

「こんばんわ、皐月ちゃん」

 ・・・・デカイ男だ。

 今日も全身をバリっとまとめている。一日仕事をしてきたとは思えないビシッとしたその姿に、エリート好みのお姉さん達や濃いハンサムが好きな女性ならイチコロだろう笑顔を浮かべていた。

 ただし、あたしはうんざりしただけだけど。

 家の中は真っ暗で、まだタケルは戻ってないみたいだった。一瞬、あの美形とあたしが一緒に帰ってきたらこの人はどんな反応をするかな、と思ってしまった。

 きっとめちゃくちゃ驚くんだろうな。でも、彼氏とは思わない、かもしれない。・・・思わなさそう。この妹がまさかって否定してそう。

「・・・こんばんわ」

 仕方なく、小さく呟く。だけど笑顔は作れなかった。もうあたしは十分疲れているのだ。

 どうしよう、この人家に入れなきゃなんないかしら。うーん・・・。

 2,3秒悩んだけれど、手の平に買い物袋が重さで食い込み、それが嫌で、とりあえず玄関まではいれることにした。

 広志さんの横を通り抜け、鍵を開けて玄関に入る。そして上がりに袋を置くと、礼儀正しく外で待っている広志さんを振り返った。

「・・・・とりあえず玄関、どうぞ」

「ありがとう」

 にっこりと微笑んで、身長の高い彼は頭を低くして玄関に入ってきた。

「・・・・お久しぶりです、今日は、どうしたんですか?」

 ろくに視線も合わせずに聞いた。

 しばらくあたしを見ているようだったけど、きっとこの人も髪型の変わったあたしに驚いているくちだろう。

「皐月ちゃん、元気そうで良かった。髪切ったんだね、よく似合うよ」

「・・・どうも」

 明るい彼の声とは対照的にあくまでぼそぼそ喋るあたしに、肩をすくめたらしかった。

「・・・もうお姉さんから聞いてるかもしれないんだけど・・・」

 彼が話しだしたので、後はあたしがつないであげることにする。

「別れたそうですね」

 ちらりと見上げると、ぐっと表情を厳しくした広志さんと目があった。

「・・・・俺は、了解したわけじゃあないんだけどね。ちょっと、俺が失言してしまって」

「遺産の使い方に口出ししたとか?」

 自分でも嫌味だと思った。でも仕方ない。あたしは元からこの人が好きじゃなかったのだ。

「・・・全部聞いてるんだな。君達は仲が良い姉妹だからね」

 広志さんの声が低くなっていた。

 あたしは心の中で手をふる。いえ、そんなに仲良いわけではないんですよ、って。

 しばらく無言で佇んでいたけれど、やがて息を吸い込む音がして、広志さんが一気に言った。

「じゃあこれも聞いてるだろう。弥生が会ってくれないんだ。コンタクトを取ろうとしてるんだけど、全部無視か拒否されてる。俺はちゃんと話し合いたいんだ。こんな喧嘩別れじゃなく」

 それは残念。あたしは少し首をかしげた。

「・・・姉がこうと決めたら、どうにも出来ません」

「それは良く判ってるんだ。3年も付き合っていたし、結婚する気でいたんだから」

 イラついたような声を抑えて彼が言う。

 ならば潔く諦めたらどうなのだ。あたしは声には出さずにそう思う。あなたは姉にバカ男やマネー男と呼ばれてるんですよ、と教えてあげたらどんな顔をするだろうか。

「それが判ってるなら、ここに何しに来たんですか?」

 あたしをじっとみて、彼が言った。

「こんなこと間違ってるって、君からも言ってくれないか?せめて話だけでも聞いてあげたら、と。こんな終わり方はあんまりだ。俺は謝っているし、努力もしている」

「・・・何回も言いますが、姉がこうと決めたらどうにも出来ません。あたしが言ったところで何も変わらないし、お気の毒だとは思いますが、力にはなれません」

 広志さんはあたしを見詰めたまま暗い顔をしていた。そして大きなため息を零すと、とってつけたような笑顔をみせた。

「・・・判ったよ。こんな時間に押しかけて済まなかったね」

 あたしは無表情で答える。

「いえ」

 これで終わりかな、と思って視線を外しかけると、彼の声が聞こえた。

「でも、最後にもう一度だけあがいてみてもいいかな。手紙を渡して欲しいんだ」

「え?」

 振り返る。

 長身の男の人があたしを見下ろして、照れたような顔で頭をかいていた。

「・・・それで、世話をかけて申し訳ないんだけど、何か適当な紙と封筒貰えるかな?」

「・・・」

 正直、面倒くせーと思った。何であたしが。くそう、諦めの悪い男だ。去って行った女は追いかけるなよ、と思いながら、だけどそれで帰ってくれるならとあたしは頷いて、封筒と紙を探しに部屋に入った。

 やっぱりタケルはまだ帰ってないようだった。

 白い便箋と封筒を持って玄関に戻ると、広志さんはありがとうと微笑んで靴箱の上で手紙を書いていた。

 胸元から出したモンブランの万年筆がサラサラと動く。

 黙ってそれが終わるのを待っていた。

 封筒に入れてとめ、あたしに渡す。

「本当に申し訳ないんだけど、弥生に渡してくれる?」

 あたしは頷いて受け取った。

 それをみてまたにっこりして、広志さんはお邪魔しましたと頭を下げ、開けっ放しだった玄関を出て行く。





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