愚か者のしあわせ。

--秋谷--







「これが、今話題になってるらしくてね。牛頬肉と牛タンをじっくり煮込んでてさぁ。」


なんて、何気なさそうに、だけどちょっと嬉しさをにじませながらレストランの説明をしてしまう。何せ、相手はサボリがちとはいえ天下の公務員、忙しい間をぬっての久しぶりのちゃんとしたデートだから力も入るし、口元も緩むというもの。
だがしかし、その相手たるや黙って、しばらく薄いインスタントコーヒ-に写る自分の影を黙って眺めていたけど、目を上げると・・・見事に眉の間に不満と書かれたような皺を寄せて、そうっすね、と気のないお返事をいただいた。さらに、何気ない動作で時計を確認する。いつもなら、まったく・・・多分上司である伊達さんに怒鳴られようとも確認しない時計を盗み見るように。


「いいんじゃないですか。でも、俺金ないですよ。」


 あの顔で賛成してつもりでいるのかと、問い詰めたい気持ちを大人の余裕に紛らわせることに苦心しながら秋山は、無理やり笑顔を作った。


「やだなぁ、俺が谷村さんにお金を出させるわけないじゃない。」
「ふうん。」


 鼻にかかった、ふうんときたもんだ。やけに長いまつげ震わせて、上目づかいされたところでこれはまったくもって、どうかとおもうお返事。
 確かに、今日のコーヒーはインスタントの在庫を切らしてアメリカンと言いながらも、アメリカンじゃない勢いの薄さであるけどもここまでテンションが下がることもないじゃないか。美味しくないよって言って出したら、美味しいことなんて一度もなかったから大丈夫だとかいつもながら口が悪い。それでも、その時は一言多いけれども口の角を上げて、愉快そうな悪戯顔をしていたのに。


「ねえ、なにが不満なのさ。」
「不満?そんなことないですよ。」
「嘘だね。」


 いつものように、事務所のソファーに営業妨害ばりに眠りにきていたのが今朝。

 徹夜麻雀の疲れを癒すべくふわふわとした眠りに取りつかれたいつもめったに見せてくれない、かわいい笑顔で「休暇、取らされちゃったんですよねー。」ってふにゃふにゃと寝言半分の甘えた声を出した。寝る間際の素直さは、ソファーの肘掛に靴のまま上がったとしてもつい許してしまいそうな恐ろしさがある。まぁ、もちろん出勤してきた花ちゃんに少しばかり(何故か俺も含めて)ちょっとお説教をいただいたが。


 休みになった理由はこうだ。
 いつも、サボってばかりとはいえ休暇を取ることに関しては残悪感があるのか、そこは刑事として毎日何が合っても飛び出したい刑事魂なのかまったく休みを取ろうとしなかったわけなのだが、上の方針で「ある程度は休みを取るように」と通達がきちゃったらしい。どうやら、刑事の皆さんはあまりにも休まないために風邪等に倒れた場合、引き継ぐということが困難になることがあるらしい。だから、ある程度休みながらもノウハウを周囲に教えろよという考えもあって、この通達だ。
 それが、目の前の実に態度の悪い刑事にも通達が来てしまったらしい。「引き継ぐことなんて、ちっともないんですけどねー。」だいたい、情報網なんて教えられるわけないじゃないですか。そう、口をとがらす彼の言い分は確かにもっともではある。どうやら、引き継ぎという点に関してはこの休み作戦では、上手くいかないんじゃないかなーと俺も、彼の上の上の意見に肩をかわりにすくめるだけだ。


で。


 思惑は、このさいどうでもいいとして。せっかくだから一日遊びましょうよってことになったわけ。一日全部、一緒過ごすなんてめったにないことなので張り切るなという方が無理ってものだ。知り合いのホテルオーナーに連絡して、評判のいいレストランを予約して、ホテルをとって・・・。
 すると、とたんに目の前の柔らかすぎるヘタれてきたソファーに沈む彼の眉間にどんどん皺が寄ってきたというわけだ。そして、そのしかめっ面のまま、心にもない嘘を言い続ける男に軽くため息をついた。


「牛タン嫌いなの?」
「焼き肉の塩タン好きですよ。レモンかけるとビール進みますよね。」


「ホテル行くのが嫌なの?」
「小娘じゃあるまいし。」


 だけど、目線は秋山と合わせない。


 その口調で言われて誰もが怒ってないなどと信じるわけがない。もちろん、あくまで不満などないと言ってるわけなのだからこのまま進めても問題はないのかもしれない。だけれども・・・・秋山は、苦笑をした。


「眉の間に、すっごい皺はいってるよ。刑事なのにポーカーフェイスまだ出来てないよね谷村さん。」


 不機嫌な顔そのままでじろっと、秋山を睨んでいた谷村だがそのまま見てるうちに、みるみる耳が赤く染まった。その変化に驚いて珍しいものを見るようにしていると、ふいをついて谷村の拳が秋山の腹をえぐった。めりこんだ。
 油断していたところに、滑り込んだ拳に秋山の息が一瞬止まる。海老のように身体を丸めた秋山を口をへの字に曲げ真っ赤になった谷村が見る。


「ちょ、理由が・・その恥ずかしいかったからって・・・なぐることないじゃない!」
  秋山は、呟いてみたけど思いのほか深く入った拳のため、絞り出すような声にしかならなかった。


「だってですよ。食事やら、ホテルやら用意しすぎ・・・。俺は、女じゃないし。俺だって、好きな人とのデートぐらい自分で考えたい。男が、ハイハイって言われるがままって情けなくないですか?気持ち悪ィ。」


 ああ、これだよ。ようやく息を整えて身体をまっすぐに持ち直した秋山は、苦笑する。
 谷村は、本当に卑怯なぐらいに時折かわいい顔をする。普段の強気で傍若無人な態度の中に見せる素直さにドキリとする。顔は、確かに整ってるのだけどそこに惚れたわけじゃない。綺麗なだけなら、女性の方がいいにきまってる。だが・・・この時折見せる素直さがダニと呼ばれる男の汚されても、汚れない綺麗なプライドのようで眺めていたくなるのだ。


 まぁ、たいがい照れ隠しに暴力が付いてくるのは実にいただけないけども。そして、痣が増えるたびにたまに訪れる知人に、何かを感じ取った顔されるのもいたたまれない。


「確かにね。女扱いは、嫌だよねぇ。うん、今回は谷村さんが美味しいとこ連れってってよ。」
「汚ぇ所だけど、美味しいとこがあるんですよ。」


 谷村のその言葉に、ああ、休みが決まった直後に考えてくれてたんだと知ると顔が自然にゆるんだ。拳の1回や2回耐えるべきだね。耐えた後には、ご褒美が待っているわけなのだし。薄いアメリカンを超えたアメリカンコーヒーを飲むと、腹にしみいる気がする。
 ああでも・・・。



「あー、でもホテルは俺、腹に今すっごい痣ができたきがするからなぁ・・・。」



「それっくらい・・・、お詫びに舐めますよ。」




 なかなか大胆な発言に、ついもう1回!と耳元に熱い息を吹きかけ、ソファに押し倒しておねだりをしてしまう。そして、さらに痣を増やす原因になるわけなどだけれども。






 まぁ、わりと幸せにやってるわけです。愚か者は、愚か者なりに。



Back

- ナノ -