Title/無題 Presented by C 今日は大学が休みだ。バイトもない。用事もない。 部屋の真ん中にどかりと座り込んで、コントローラーを握りしめてテレビと向き合う。その中では剣と盾を持った勇者がモンスターを倒している。 後ろからギシリと音がする。狭い部屋の中で俺が背を預けているのはベッドで、この音はベッドの上のものが動いた証拠だ。 それでも俺は画面から目を離さない。 するとまたギシリと音が鳴った。次いで横を通り過ぎる人影。するりと伸びた足が艶かしい。 通り過ぎた人物はそのまま洗面所へと行ってしまった。ふらふらとした足取りは多分、寝ぼけている。 俺は同棲している。相手の名前は土方十四郎。同居じゃないかって?いや、同棲で合ってる。俺は男であいつも男だけどお付き合いをしているんだから。 付き合い始めたのはまだ大学一年の時で、一目惚れして猛アピールして付き合った。それが確か一年がもう終わる時だった気がする。付き合い始めは一緒にいられるだけで楽しくて、少しでも暇があれば土方の家に通っていた。 土方もうちに来てくれた。そうして気付くとほとんどをお互いの家で過ごすようになっていて、三年になる前には同棲を始めた。それから一年ほどが経つ。 今でも土方のことはもちろん好きだ。昨日だって愛の営みを行ったし、こうして休みの日に一緒にいたりもする。愛に変わりはない。嫌なところがあるのかって聞かれたらそりゃなくはないけど、そういうところまで全部ひっくるめて愛せる自信だってある。俺は案外一途なんだ。 だけど、最初に比べて少しばかりそっけなくなってしまうのは仕方ないと思う。だってそういうもんじゃないか。最初は新しい発見がたくさんあって、一つ一つが嬉しくてたまらなかった。でも、こんだけ一緒にいるとそれも少なくなる。 重ねて言うが嫌いなわけじゃない。愛が薄れたわけじゃない。ただ、少しばかりマンネリしちゃってるのは否めない。もう空気みたいになっちゃってんだと思う。 土方が洗面所から戻ってきた。昨日の行為のだるさをまだ引きずっていて、半分閉じかけた目でふらふらとベッドまで戻る。ぼすん、と音を立てて再び横になった。 部屋の中にはピコピコというゲームの電子音だけが響いている。何でもない、よくある休日の光景だ。 こういうとき、土方は大体もう一眠りする。講義があるときはきっちり起きてくる奴だけど、休みの日は案外寝汚いもんなんだ。猫のように丸まって惰眠を貪る。昼をすぎてから起きてきて、レポートやったりテレビを見たり。夕方になるころにようやくその日一番の会話があって、夕飯を食べる。 「おい、昼飯は?」 それなのに、今日一番の会話はまだ時計の針が真上を向く前にやってきた。こんな早い時間から話すのは久々かもしれない。 「あー、考えてねェわ」 「お前、予定は?」 「バイト休み」 短い単語で言葉を交わして、それで会話が終わる。また部屋には電子音だけが響いた。 後でごそりと動く音がする。また寝るのだろうか。寝ていても起きていても俺がすることは変わらない。腹が減ったら勝手に飯でも食うだろう。 「おい」 そう思っていたら案外近い場所から声から聞こえて驚いた。いつの間にかすぐ傍へと寄っていたらしい。感じる体温、吐息。 「何」 「それ面白いか?」 「ああ」 また短い単語。やっぱり電子音。 動く気配はしないから先ほどと同じ場所にいるのだろう。感じる視線はテレビへと注がれている。 なんだろう。なんとなく息苦しい。今までこんなことを感じたことはなかった。何故だろう。土方が何か言ってるわけじゃないのに、見られていることが酷く煩わしく思えた。これなら何もせず寝ていてくれた方が何倍もマシだ。今から俺は魔王の城へと向かうところなんだ。放っておいてほしい。 少しだけ体を捩って土方から距離を取る。感じる呼吸が少しだけ遠くなった。まだ視線はテレビへと注がれている。 一体何だってんだ。お前ゲームとか興味ねェじゃん。見んなよ。寝てるか、勝手にどっか遊びにでも行ってくれ。 我ながら酷いことを考えていると思う。でも、いくら付き合っていようが愛し合っていようが一人の時間は大切だった。金銭的な問題でお互いの部屋があるような広い部屋には住めていない。小さいキッチンと、少しだけ広めのワンルーム。それが俺たちの住処だ。どんだけ喧嘩しても一人になれる場所なんてない。 昔は言い争いの喧嘩なんてしょっちゅうやってて、もう顔も見たくない、出て行け!なんて罵ることもあった。家の中に逃げ場なんてないから財布だけ掴んで家を飛び出した。そうして頭を冷やしていると申し訳なさと寂しさが込み上げて居ても立ってもいられなくなり、すぐさま家に戻ってお互いに謝って仲直りのセックスになだれ込むのが定番だった。 思い返して懐かしいと思うくらい、俺たちは喧嘩すらしてない。愛を囁くこともしない。イチャイチャもしない。起きて、飯食って、学校行って、帰って飯食って、風呂入ってクソして、たまにセックスして寝るだけ。それでも十分満足だったし、刺激が欲しいなんて若いことも考えない。 俺にはこれくらいが丁度いいんだ。サプライズだなんだって頑張る世の中の男共のパワーには脱帽する。俺だってそういう時もあったかもしれない。今ではそのどれもこれもが過去の産物だ。 「なァ」 「あ?」 尚も声をかけてくる土方。本当に今日は何だってんだ。今いいとこなんだから。世界を救うとこなんだから。 「せっかく天気いいし、外に飯でも食いに行かねェか?」 は?なんつった?外に出る?せっかくの休みに?一人で行けよ、めんどくせェ。 かろうじて声には出さなかった。声には出さなかったが表情にはちょっと出たかもしれない。なんだってこんな日に外に出なきゃいけないんだ。外はいい天気じゃねェか。眩しいからカーテンだって禄に開けていない。絶対に暑い。エアコンの効いた部屋の中が一番に決まってる。せっまい部屋で数歩歩けば食うもんも飲むもんもあるし、わざわざ外に出る意味がわからない。 「あ、あー…俺いいわ。腹減ってねェし。一人で行って来いよ」 「一人で飯食うのかよ。味気ねェじゃん」 「うん、うんでもほら、社会人になる前に一人飯とかできるようになってた方がいいかなって」 「ゲームしたいだけだろ」 「いや、そういうんじゃないってまじで。そういうんじゃ」 「…とりあえずコントローラー置けば?」 「ごめ、今いいとこ」 いいって言ってんだから一人でいきゃいいのに。 画面の中の俺の分身はまさに魔王にトドメを刺そうとしている。かなりいいところだ。弱点を突いて一気に攻撃を繰り出す。仲間とのコンビネーションもばっちりだ。 ピクリとも画面から目は離さない。返事は返しているけど、俺の心なんて最初から決まっている。何を言われたって俺は世界を救うんだ。それが勇者の務めだから。 一心不乱にゲームの世界へと入り込んでいく。悪いけど、今は土方の言葉なんて聞いてる余裕はなかった。 「そんなに面白れェのか?それ」 「うん」 「俺と外行くよりも?」 「うん」 「じゃあ一人で行ってもいいのか?」 「うん」 「どこ行ってもいいのか?」 「うん」 「何時帰ってくるかわかんねェけど」 「うん」 「…いいんだな?」 「うん」 魔王の胸にぶっすりと剣を刺し込むと眩い光が画面いっぱいに広がる。遂に倒したか!?と思ったら光は徐々に形を変えていく。眩さが晴れたあとそこにいたのは魔王の進化した姿だった。 なるほど。この手のゲームにはよくあることだ。一度倒したと安心したところで第二形態の登場。あのフリーザ様でさえ第四形態まであったんだ。魔王が一発で死ぬわけなんかなかった。いや、比較になんのかわかんねェけど。 強くなった魔王にてこずりながら更に攻撃を繰り出す。夢中になっていた俺は土方が何やらごそごそと身支度をしているのに気付けなかった。 魔王は第三形態に突入していた。かなり強い。これはやばい。レベル上げが足りなかっただろうか。ばたばたと死んでいく仲間たち。大丈夫だ!まだ俺たちはやれる! 必殺技が繰り出される。HPががくんと削られて画面が真っ赤になった。ここを切り抜ける方法はないのだろうか。まだだ、まだ! ドサリ。 重い物が置かれる音にびくりと体が揺れた。視線が画面から離れる。 ドア付近に立った土方はとっくに服を着替えていて、傍らにはボストンバックが一つ置かれていた。え? 「じゃあ、行って来るわ」 「行くって、どこに?」 「どこだっていいんだろ」 「飯じゃねェの?」 「どこだって、いいんだろ?」 口元に笑みを携えている土方の顔が怖い。さっき俺はこいつと何て会話したんだろう。思い出せない。適当に返事を返していたけど何か言ってしまっただろうか。思い出せない。 「旅行でも行くの?」 「さぁな」 「え、ちょっと待って土方」 「じゃ」 「土方!」 俺の叫びも虚しく、土方はドアの向こうへと消えていった。ドアがガシャンと閉められる。ご丁寧に鍵もかけて。直後にチャリンと金属音。ポストに鍵が投げ込まれた。 「なん…え?」 部屋に響くのは呆然とした俺の声と電子音。 黒い画面に『GAME OVER』と記されていた。 |