Title/手探り合い
Presented by H
 


 
ああ、今回はなんて運が悪いのだろうかと、わたしはひとり頭を抱えた。実際には抱える頭を持ち合わせていないので、これはあくまでも比喩表現にすぎないのだが。
なぜなら、わたしは壁である。都市部から少し離れた、とある大学から徒歩五分。貧乏学生御用達のアパートで、ひっそりと息をひそめて日々を過ごしている。そんなわたしを挟んだ両隣の部屋に、この春、新しい住人がやってきた。一人は、銀色でふわふわの髪をした、ぼったりと気だるげな目をした男。もう一人は、さらりと流れるような黒髪に、切れ長の涼やかな目をした男である。見た目からして対照的な二人の男は、それでもある一点に於いてはひどく似ていた。片や毎回違う女を、片や毎回違う男を。連れ込んでは品のかけらもない音を、声を漏らして、交えて、響かせているのだ。両隣からそれを夜な夜なぶつけられるとなれば、こちらはたまったものではない。これが四年も続くのか、と思うと気が遠くなりそうだ。

しかし、慣れとは恐ろしいものである。二人がやって来てから三ヶ月が立つ頃には、ぎしぎしと軋み、ぐずぐずに溶ける欲の音もさして気にならなくなっていた。それより、もっと気になることが見つかったのだ。この二人の男の関係について。
部屋に連れ込む相手は、みんな一夜限りのように見受けられた二人だが、唯一の例外が存在したのだ。それが、銀髪の男にとっては黒髪の男、黒髪の男にとっては銀髪の男であった。二人が会うときには必ず決まった合図があり、それはわたしを介して行われる。コンコン、と軽いノックに対し、同じように二回ノックを返せば返事はイエス。一回ならばノー、というとても簡単なものだ。これがなかなかおもしろい。例えば今まさに、ノックしかけた手をわたしの目前で止めた銀髪の男は、ぶつくさと何やらひとりごちているようで。

「あーどーすっかな、また俺から誘うの癪だし?でも今日は土方くんの気分だし?むしろあいつから誘ってこねーかな、空気読んでくんねえかな、この壁薄いんだし伝わんだろコレ」

元々あちこちへくるくると跳ねた髪を、さらにくしゃくしゃにかき混ぜながら。ぐるぐると逡巡する様は、初々しいじれったさを感じさせて、可笑しい。なんせ、何事に対しても無気力で、セックスにおいてもただ惰性で動いているような男だ。なるほどこんな表情もするのかと、最初はずいぶん驚いたものだ。

さて、そんな男とわたしを挟んだ反対側では、黒髪の男がいつになくぼんやりと、定まらない視線を空中に彷徨わせている。火を点けたばかりの吸いさしを、ぐしゃりと灰皿に押し付けては、舌打ち。そしてまた次の一本を取り出して、咥える。それを幾度か繰り返した頃、コンコン、と。ようやく腹を決めたらしい銀髪の男が、件の合図を響かせた。すると、わたしの方へ背を向けていた黒髪の男がくるりと振り返る。その顔は見慣れた澄まし顔であるのだが、ほんの一瞬垣間見えた、驚きと喜びの入り混じった表情をわたしは見逃さない。先ほどの銀髪の男といい、今の黒髪の男といい、どうしてこうも不器用なのだろう。他のことは大抵なんでも器用にこなしてしまう癖に。お互いに、そんな顔を引き出すことができる相手なんて、たった一人しかいないというのに。

コン、コン。まるで、来たけりゃ来いとでも言うような、投げ遣りな体を装って返事をする黒髪の男も。それにすぐさま飛びつきそうな様子であるのに、敢えて少しの時間を置いてから、いつもの気だるい顔を隣の部屋に覗かせる銀髪の男も。

「なあ」
「んだよ」
「あのさ」
「あ?」

そんなちゃちな意地や見栄などかなぐり捨てて、早く素直になればいいのに、と。思いながらも、このもどかしく曖昧な距離感が、二人には丁度いいのかもしれない。きっと、友人とも恋人とも違う。かと言って、セフレと呼ぶには、割り切れない情が邪魔をする。付かず離れず、明確な名前を持たない関係。

「…いや、やっぱいいわ」
「よくねえ、言え」
「いいから早くしようぜ」
「勝手にしろ」
「つれねえなあ」

気まぐれを装う手探りの、二人がいつか見つけるものが、人間たちの言うところの「あい」というものであったらおもしろい、と。傍観者のわたしは、雪崩れるように重なる影を見て思うのだ。