Title/無題
Presented by G
 


 
じりじりと照りつける日差しの中、自転車はゆるゆると進む。回転する車輪に制服のズボンの裾が巻き込まれないように気を配りながら、漕ぎ手の同級生に声をかける。
「ほーら頑張れ、土方君」
「チッ」
舌打ちをしつつも文句は言わないらしい。自転車に乗る前の、どちらが漕ぎ手になるかを賭けたじゃんけんで負けた時には、後出しだのなんだのと喚いていたが。
(まぁ、文句に使う体力も惜しいよなぁ)
苛立っているオーラを学ランの背中から感じる。この分だと次の交差点でわざと乱暴な曲がり方をされそうだ。振り落とされないように、荷台を掴まっている手に力を込めて準備をした。
「おっとっと。あっぶねぇなぁ」
予想通り、曲がり切れるかギリギリのタイミングで自転車が急激に傾いた。しかし難なく乗り切った俺に、土方はまた舌打ちをする。
「クソが、吹っ飛べ坂田。」
「オイオイ何物騒なこと言ってるんですか〜。大体ね、自分も危ないんだってお前分かってる?」
「ンなドジ踏むわけねぇだろ。」
「いんや踏むね。確実に踏むね、ドジ方君だし」
「誰がドジ方だ!」
簡単に挑発に乗ってくる土方を笑って空を仰ぐ。身長を伸ばした入道雲が、紺碧の中で堂々としている。そのまま鬱陶しい太陽を飲み込んでくれればいいのに、と額に浮かぶ汗を拭った。
自転車を漕いでいない俺でさえこうなんだから、土方はなおさらだろうと視線を前に戻した。制服を着ているので見えるのはせいぜい首くらいだが、そこは汗で湿っているようで、項に髪が張り付いている。ものすごく暑そうだ。
(やっぱじゃんけんに勝ってよかった)
さすがにちょっと悪いから漕ぐのを代わってやるかな、なんてちっとも思わない。楽したい。
「てめー、漕いでやってる代わりにアイス奢れ」
「残念でした〜。俺の財布の中身、34円」
「嘘吐け。お前昼飯買う時樋口さん出してたじゃねぇか」
目ざとい。言い逃れをしようと口を開くより前に、背後から拡声器を通した声が聞こえた。
「そこの高校生の子ー、二人乗りはやめなさーい」
「「あ、はい、すんまっせーん」」
ちくしょうついてねぇ、と土方が自転車を止める。横をすり抜けていくパトカーから、まだ見ているぞ、というような気配を感じて、俺もおとなしく荷台から降りた。
とりあえず自転車を押しつつ歩く土方の横に並ぶ。
「どうするよ」
かなり遠ざかったパトカーの後姿を見て隣に尋ねると溜息が返ってきた。
「仕方ねぇ。このまんま帰るぞ」
「へーい」
自転車から降りたせいで風がなくなり、むわっとした湿気が体を包んだ。あぁ暑ぃ、と呟くと、土方がにやっと笑った。
「じゃあ、そこのコンビニでアイスな」
「チッ、なかったことになったと思ったのに」
「させるか」
こんだけ漕いでやったんだからいいだろ、と土方がだらだら流れる汗を乱暴に拭って、学ランを脱いで自転車のカゴへと突っ込んだ。
襟足だけでなく前髪もすっかりへばっているし、カッターシャツはところどころ透けている。
仕方ねぇな、と溜息を吐いた。
「…わぁったよ」
「当然だろ」
何を奢らせようかと考えているその横顔を見て、高いのは勘弁だな、と薄っぺらいカバンを担ぎ直した。