Title/エンドロールを道連れに
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結婚でもしようか。

まだ十八になってねぇよ。

あ、そうだった。



ははは、うっかり。と声に出して笑った坂田の表情は、夕陽の逆光でよく見えなかった。

一年前に越して来たこの土地は酷く閑散としている。都会育ちの俺に言わせれば正直少し退屈だった。二十四時間営業のファーストフード店だとか、真夜中まで暇を潰せるゲーセンだとか、生活に必要なもの大抵揃えられる大型ショッピングモールだとか、今まで当たり前に傍にあった環境がここには一切ないのだ。あるとしたら自転車で全力疾走十五分程でようやく辿り着くコンビニ、それと今時利用する奴いんの?な、寂れた駄菓子屋。どうやら安くて意外と品揃えのいいこの駄菓子屋は、俺達みたいな万年金欠学生に重宝されているらしいが。車はともかく原付の免許すら取れない中学生の行動範囲なんてたかが知れている。ほとんどはこの二択だ。しかし夏になるとこの土地の魅力が最大限に引き出される。そう、海が近い。とても近い。どれぐらいの近さかって言うと、海に面した道が通学路。毎日自転車漕ぐたび目に入る海の青、空の水色、雲の白。これらが絶妙なコントラストを作り出すものだから、実は密かな目の保養だったりする。こういった自然の景色は今まで見られなかったも
のだ。だから俺はここでの暮らしが嫌いじゃない。

坂田とは同じ学校の同じクラス。と言っても近隣の学生が大体通っている昔ながらの閉鎖的な学校で、なんとクラスは一学年に一クラス。つまり坂田と同じクラスになったのも偶然なんかじゃなく必然だ。席も隣。ああこれは偶然の産物なんだけど。転入して来た当初の俺は自分で言うのも何だが取っ付きにくい奴だったと思う。慣れない生活に苛立っていたのと、元来万人受けするような性格ではなかったから。別にひとりでいいと思ったし、何より無理して他人に同調することが大の苦手なのだ。悪かったな反抗期だ。しかし坂田だけは何故か初めから話し掛けてきたりちょっかい出してきたりとその持ち前の髪色同様風変わりな奴だった。度々行き過ぎた嫌がらせを繰り返す坂田と本気で喧嘩もしたが、それが手伝ってかいつの間にか悪友とでも位置付ければいいのだろうか、とにかく隣に坂田が居るようになった。些細なことで喧嘩は当たり前、反りが合うなんて到底思えない。そんな曖昧で微妙な関係なのだけれど、坂田の隣は不思議と心地よかった。そうしてこの一年を過ごしたのだ。



「次はどこ行くんだっけ」

「前住んでたところと近い」

「つまり、都会的な?」

「まあそうなるな」


そっかー、あれだね。遠いね。そう言った坂田の横顔はいつもより少し大人びているように思う。下校途中の通学路、路肩に自転車を停めてふたりで夕陽に赤く染まる海を眺めている。なんか、ドラマのワンシーンにありそうだ。なんて、現実逃避でもしなきゃ余計なことを口走りそうだった。例えば、なんでうちは転勤族なんだめんどくせぇだとか、やっとこの不便な田舎にも慣れてきたのになだとか。いや、嘘、

行きたくない。離れたくない。あともう少し、おまえの傍に居たい。なあ、坂田、


「結婚でもしようか」


有り得ない言葉を耳にし俯けていた顔を上げれば、そこには真面目くさった顔をした坂田が真っ直ぐこちらを見据えていた。潮風にきらきらと銀色の髪が靡く。馬鹿みたいだと思うなら思ってほしい、けれどそこだけ本当に時間が止まったみたいに印象的だった。震えそうになる喉から何とか搾り出せたのは、まだ十八になってねぇよなんて的外れで愚かな答えでしかなかったのだけれど。

あ、そうだった。ははは、うっかり。あー、でも、うん、そうだなあ。そう、なあ土方、


「おまえをどっか遠くに攫っていけたらなあ」


坂田の表情は夕陽の逆光でよく見えない。声はいつもと同じ。だから泣いてはいない。俺も泣きはしない。ただお互いの唇を合わせてみたらきっと、しょっぱい味がするんだろうなと思った。なあ試してみるか、坂田。今なら潮の所為だと言い訳ができると思うから。