Title/262080秒後のほんと
Presented by B
 


 
屋上の風は、煙草を嗜むには強すぎた。土方の髪を揺らす冷たい夕暮れの風が夏の終わりを伝える。
眼下の校庭には自分と同年代の生徒たちが部活動なり帰宅なりにいそしむ中、自分はどうだ、屋上でいそいそと法律違反かと、土方の形の良い唇がにやりと歪んだ。
ぽとりと落ちた吸い殻を上履きで揉みつぶした土方の背後に人の気配がゆれる。

「まーた土方くんはそうやって」

屋上の入り口の思い金属製のドアが軋みもせず開き、銀八は煙のようにぬるりと土方の視界に入り込んだ。

「俺が怒られんだって」
「知ってる、だから同じの吸ってんだろうが」
「そんで吸い殻俺のせいにすんのかよ。未成年のインシュ、キツエンは法律で禁じられています」
銀八は土方の踏みつぶした吸い殻を携帯灰皿へと仕舞うと土方の足元にぺたりと座り込んだ。そうしてまっすぐな目で土方を見つめる、土方はこの目が大の苦手だった。
自分とこの男の、生きてきた年数の差や立場の違いを無理やりにでも分からせられてるようで、どうにも。

「まあ、俺の見てるとこでならいいんじゃねえの」
「なんだよそれ」
「そうやって大人になってくもんだからね
、男の子なんて。それに土方も嬉しいでしょ?」
土方は無言でその隣に腰を下ろした。コンクリートに掌をつけると、昼間の日差しの名残が体内に流れ込むように熱い。
この男も同じ思いをしているのかと、土方は銀八の両手を見つめる。ずっとこうしていたら掌が焼け焦げてしまうようだった。
掌が焦げて地面にくっついて、縫い付けられた二人はここで朽ちるのだ。面白いかもしれないと土方はくすりと笑った。

「な?嬉しいだろ?」
「嬉しくねぇよ」
「だって、煙草吸いたいってのを口実に俺に会えるんだよ」
素直じゃない土方くんにはいいツールじゃん
銀八はポケットをがさがさと漁り、包み紙のよれた棒つきキャンディーを取り出した。それを口に放り込んでから己の掌を見つめる。
手についた砂利や塵をぱんぱんと叩き落とし、大きな手、とぼんやりしている土方の頬に触れ、両の手で包み込んだ。

「恥ずかしいこと言ったら熱くなっちまっただろーが」

うそつき、土方は銀八に届かないような小さな声でつぶやくと、自分に触れている両手を掴んでそっと引き剥がした。
俺も今まで同じものに触れてたんだ、その熱がテメーの熱じゃねえことくらい分かるんだよ。俺の掌だってこんなに熱いのだ。

「俺はうそつきだよ」
「聞こえてたのかよ」
「土方くんの声だから。」
「思ってもねぇこと言うな」
「思ってるっての」
「だからテメーは嘘つきだって言われんだ」
「まだ、嘘ってことにしてなきゃいけねーの」

引きはがされた手をもう一度土方の頬までもっていくと、銀八は目を細めた。
愛しいこの教え子を、今すぐにでもと思ったことがない訳ではない。

「それすら嘘かもしれねえだろ」
「そう思いたいならそう思ってていいよ」
「そういう態度が一番気に入らねぇ」
「ごめんね」

ごめん、と謝りつつ土方の頬に触れ続ける掌はもう、すっかり冷めていた。
もうすぐここにも、夜が来る。そうして朝が来て、昼が来て。

「あと何回夜になればいいんだろうね、土方くん」
「せいぜい指折り数えてろ、この大嘘つきめが」