Title/Trap
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「だってお前、俺のこと好きだろ?」
 だったらいいだろ抱いて欲しくなったらいつでも来いって言ってんじゃん?そう続けた言葉に土方は目を見開いてゆっくり睫毛を伏せた。その肩は小さく震えている。いかにも傷つきましたという反応だ。うぜぇったらありゃしねぇ。コイツがこんなにめんどくさいやつだとは思いもしなかった。もっと淡白な人間だと思っていたからこそ抱いてやったのに。いや、別に抱いてくれと言われたわけじゃないけど。でも抱いて欲しそうな顔してたのは事実だ。
 新学期早々は、土方ほど合わない人間がこの世に存在するものかと思っていた。こっちは別にその気もないのに、何かとあらば突っかかってきて、喧嘩に応酬三昧。だが、怒鳴りあいを周りにからかわれるのも嫌になって一旦マジギレしてやったら、土方は急に殊勝になった。それがやけに気持ち良くて、はっきり言って俺も調子に乗った。散々苛めても無抵抗の様子に、「お前ってもしかして俺のことすきなの」とたずねたのが大体二カ月くらい前だ。その反応と来たら俯いて黙りこんだりなんかしちゃってなかなか可愛いものだった。そもそもが苛められ待ちのドMちゃんだったってなわけだ。正直に言って女の子にあんまりモテない(絶対にこの髪型のせいだ)俺は残念ながら童貞だったし、でも年相応にエロいことにも興味があった。そして土方はたぶんそんなにしつこくもない淡白な人間で、更には俺のことが大好きだった。つまりは手を出した理由なんていくつもあったということ。それなのに、その顔はないよな。
 泣きそうな顔で俯く土方の前で頭を掻く。左手首につけた革のブレスレットがずれ落ちる。そこに入っているのは自分と女性の名前だ。まさか彼女ができたくらいでそんな反応されるとは思わなかった。
「なに。泣くほど俺のこと好きだった?」
「そ、、んなこと言ってねぇし泣いてもねぇ」
「別に永遠の別れってわけでもねぇじゃん。逆にいつでも来いって言ってるのに」
「帰る」
「待ってるからな」
 土方は俯き加減に部屋から出ていった。男相手だったら浮気って感じでもないし相手してやってもいい。それに実は手放すのが惜しいといえば惜しい。誰かに愛されるってのはちょっといい感じだ。エッチだって気持ち良かった。まだ彼女とは何もしてないけれど、アナルは女のあそこより気持ちいいっていうから、もしかしたら物足りなく感じるかもしれない。そして何より、土方とはカレカノごっこをやりすぎた。毎日のように好きだ好きだと言って散々いちゃついてきたのだから、愛着(?)も湧くってものだ。でも今はそんなことは置いておこう。ようやくできた彼女はかわいいし、土方は俺のことが好きだ。絶対にまたここにやってくる。ただ、やっぱり彼女にはばれないようにしなくちゃなあ。緩んだ口元を引きしめて頬を叩く。人生初のモテ期かもしれない。


 結論から言えば、それから土方は一度も来なかった。
 一週間目は楽しかった。二週間目で土方が来ないことがストレスになって、三週間目で彼女と別れてブレスレットが外れた。ちなみにエッチはしてない。土方とは同じクラスにいるのに、偶然なのかわざとなのか、目すらも合わなくなっていた。四週目で意を決して土方に他愛もないメールを送ったが、一週間待っても返ってこなかった。五週目、六週目は、三日に一度はメールを送った。一度も返ってきていない。学校では毎日顔を見ているのに、家に帰ると会いたくて仕方ない。さりげなくメールのことを尋ねようとも思ったが、うまくいかなかった。もう話すだけでもいい。とりあえず声を聞きたくて、七週目の金曜日、女子が土方と話しているのに耳をそばだてた。「土方君、明日例の遠距離の彼女とデートなんでしょ?」「もう二年になるんだってね!いいなぁー!おめでとう!」
 …え?
 そうして日曜日になった。窓の外はいい天気だ。今日、初めて世間話のメールをやめにした。お前彼女いるってマジなの?それで何で俺と付き合ったの?いや正式に付き合ってはないかもしれねぇけどでもさ…。何度も何度も打っては消して、結局そんな煮え切らない内容で送信ボタンを押した。送信完了の文字を見て、携帯をベッドに放り出す。
 五分もかからずに、画面が光った。二カ月ぶりに、携帯の画面に土方の名前が表示される。
「来、た…!」
 心臓が早鐘を打った。一度深呼吸をしてから、うっすらと汗をかいた手のひらで新着メールを開く。文面は、ごく短かかった。
 
「だってお前、俺のこと好きだろ?」