Title/裸足の迷子
Presented by I
 


 
俺のわがままと、お前のわがままを足してかけて2で割って、そしたら俺たちはもう少し、これも俺のわがままなのかなあ。
 
「……前に進めないんだ」
 
お前のことが好きだという感情と、ガキどもを大切に思う気持ちと、ババアをなんとか守ってやらなきゃという約束と、他にもたくさんたくさん、この両手なんかじゃ抱えきれないほどのものが俺を取り巻いていて、なんだか少し、疲れてしまった。
 
「毎日毎日、同じ夢を見る」
 
真っ暗で、どこに向かって歩いているのか、進んでいるのか戻っているのかも分からなくて、俺はいつまで経っても裸足の迷子なんだ。
 
「……ただの、わがままなんだ」
 
独り言だから、と前置きをして言葉を紡ぎ始めた坂田は、少し横になりたいと言って、縁側にその身体を横たえた。僅かに上下する身体だけが、まだ坂田がこの世に生を受けているという事実を鮮明にする。帰らなくていいのか、と言いかけた俺の口はただはくはくと息を吸って、ぐ、と少し喉を鳴らしただけだった。
 
「ガキどもは今日志村家に泊まりなんだとよ」
 
なんとなく俺の言おうとしたことが分かったのだろう、だから今日俺は帰らなくて大丈夫、と坂田が静かに笑った。
 
「……朝が来たら、俺は意地でも迷子であることを隠す」
 
そうでもしないと、生きていけない運命なんだよ。俺にはずっと背を向けたまま、月明かりだけに照らされている坂田の頬が異常に白くて、いつからこの男はこんなにも脆くなったか、という考えが脳裏を過った。しかしその瞬間、違う、坂田が脆くなったのではない、ということに気が付いた。坂田は初めから、脆かったのだ。
 
「坂田、」
 
縁側に腰掛けて、ゆっくりとその頬に手を添えた。瞼をなぞって、堪えきれずに溢れ出した涙を拭ってやる。体温を確かめて、呼吸を掬って、今にも止まりそうな左胸の鼓動を繋ぐ。
 
「……俺だけが、知ってる」
 
俺だけが知っていればいいだろう、お前もそうしたいんだろう、ならそうすればいい。俺の前でだけ、わんわんと声を上げて泣く裸足の迷子でいればいい。
 
「もう、眠れるだろ」
「……うん」
 
閉じたままの坂田の瞼をもう一度なぞって、まだ少し肌寒い5月の風に眠る身体を起こさないように抱き締めた。脆さを曝け出すことの恐ろしさを、坂田は知っているはずなのに、俺にそんな姿を見せたという事実が、俺は何とも言い難いほどに嬉しくて、だけどその全てを受け止めてやれるほど俺もまだ完成していなくて、やっぱり二人ともわがままなのかもしれない。
 
「……おやすみ、」
 
俺もまた、裸足の迷子なのだ。