レコード
あれからどれくらいの時間が過ぎたのか、その日数を言えば短いと感じる人もいれば長いと感じる人もいると思う。けれど私はどちらでもない、ついこの間起きた事のようでかなり前の出来事のようにも思えてしまうのだ
この扉の向こうにある大好きだった部屋は来るたびに何故か胸を締め付けられるような感覚になるからあまり来なくなった
何かを忘れてしまったような不思議なあの日から、あのレコードは聞いていない。でも今日は、何故かあのレコードに録音された声が無性に聞きたくなった。扉を開けると夕陽の光で黄金色に染まる部屋が目の前に広がる、その奥に置いてある蓄音機。それを指で少し撫でレコードの針を落とす
するとそこから聞こえてきたは私の求めていたものじゃなかった
「なんで…?」
流れるのは音楽ばかり、置いてある全てのレコードを入れ替えてみても私が聞きたかったあの声が聞こえない
「お母さん!あの部屋の、レコード、知らない?」
急いで母親の元へ走り息切れしながら聞くと今日いくつかレコードを処分したらしい、どうして?いつもならあの部屋のものは触らないはずなのに…
家を出て捨ててあるゴミの中を探す、けれども見つからない。あちこちのリサイクル店を駆け回ったりするも見つかることはなかった
走り疲れて汗が頬を伝う
「はぁっ……」
膝に手をつき息を整える、現役の学生といえどもこんなに走れば流石に疲れてくる。近くの公園に足をのばし、ベンチに座り公園の遊具をぼーっと眺める
あのレコードが、あのレコードから聞こえてくるあの声が、聞けなくなるのは嫌だと思うのは何故だろう。ベンチに体を預け空を見ると赤い満月が私を見下ろしていた
それを見るとどうしてか分からないけれど心が落ち着いていく、どこか懐かしい感覚に浸ろうと瞼を閉じようとした
その時
「やぁ!そこのお嬢さん」
聞こえてきた明るい声に私は目を閉じるのをやめ、声の聞こえてきた方へ顔を向ける。すると月のように赤い燕尾服に帽子の男の人がニコニコと笑いながらこちらに歩み寄ってくる
不審者だ。
そう思うも私はその場から逃げようとも大声をだして助けを呼ぼうともしなかった
「こんなところにいると危ないよ?」
「…それは、あなたみたいな人に誘拐されたりするから?」
そう聞けば酷いなぁ、と言いつつ何故か嬉しそうに頬を染める。わけがわからない
「……ねぇ、私のレコード知らない?」
知るわけがないのに何を聞いてるんだろう、この人が知っていたらストーカーだ
「うん、知ってるよ」
「…え?」
予想外の言葉に思わず立ち上がりベンチの後ろへと周る
「酷いなぁ、そんな警戒しないでよ」
「警戒せずにいられるか!」
まぁまぁ、と落ち着くように促した彼はニコニコと笑い急に大きな声で喋りだした
「さあさ、よってらっしゃい!見てらっしゃい!只今からこのお嬢さんが探しているレコードをお嬢さんの手元に帰してみせましょう!」
さあ、お嬢さん手で受け止めるように両手を前にだして
わけが分からない、だけどそれで本当にレコードが戻るのなら取り戻してからこの人を警察に突き出せばいい話
彼の言うとおりに両手を前に出す
「それじゃあ、目を瞑って」
大丈夫、何もしないから。もし何かしたら踏みつけてやる、そう思いゆっくりと目を閉じる
「いくよ?3…2…1…」
手に何かが乗ったような感覚に目を開けるとレコードがあった、ふと前を見るとあの人はいなくて
「え?」
あの人は一体どこに行ったんだろう、321と数えてる声は遠ざかってはいなかった、それに歩けば砂の音でわかるのに
とりあえず、家に帰えらなきゃ。私は公園を出て全力で走り家に帰り、あの部屋へ駆け込んだ
レコードを入れ替え針を落とす、本当にこれはあのレコードなのか。もし偽物だったら…そう考えた私の耳にはいってきたのは聞きたくて仕方のなかったあの声
「…あれ?」
その声に私は思わず首を傾げた、このレコードに間違いない。でもどうしてだろう、この声
さっきまで私が聞いていた声と一緒だ
何で…?色んな気持ちが混ざり合う
いつもこのレコードを聞くととても落ち着くのに、どうしてこんなに胸が痛いの?さっきのあの人は一体誰なの?どうしてこんなにも、目から涙が零れるの?
この声を聞けて嬉しいのに辛いよ
ねぇ辛いよ
「会いたいよ…っ!」
名前を呼ぼうとしても分からなくって、私はただ涙を流すだけだった
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