03
「△△先生ー!解けた!!」
「はーい。ちょっと見せてね」
只今私はバイト中(ちなみに塾の先生)。
「…うん、全部合ってるね」
丸を付けると嬉しそうに笑ってくれるのを見ると心が安らぐ。
やっぱり子供は可愛い。大人になるとこういう邪気のない感じは本当に癒やしだ。
「じゃあ今日はきりもいいからこの辺で終わりにしようか。宿題はこのチェックマーク付けたところやってきてね」
「はーい!」
返事と同時に終了のチャイムが鳴った。これで本日の私の授業も終わりだ。
「先生さよならー」
「はい、さよなら。気をつけて帰るんだよ」
帰っていく生徒たちを玄関前で挨拶しながら見送る。本来なら私もうきうきと帰宅したいところなのだけど、今日は例の土曜日……胸の内はため息ばかりだ。
「△△先生、お疲れ様〜」
見送りを終えて講師用のデスクに戻ると、同じく学生講師仲間の水野先生から労いの言葉をかけられる。
「水野先生もお疲れ様です」
「相変わらず△△先生は小中学生から人気やね〜」
「水野先生こそ、高校生の生徒たちから大人気じゃないですか。女の子達が今日もキャーキャー言ってましたよ」
「ほんまに?それは照れるわー」
そう言いながら少し嬉しそうな水野先生に、思わずくつくつと笑ってしまう。
そんな会話をしながら、ふと時計に目を向けると時刻は18時20分過ぎ。これはそろそろ行かなければまずそうだ。
「△△先生、今日この後空いとる?よかったら飲みに行かへん?」
「あー…それは凄く行きたいんですけど、私今日はちょっと用事があるので、お先に失礼します」
「そうかー残念やけど、そしたらまた今度」
本当は見ず知らずの人たちよりは水野先生と飲む方がずっと有意義な時間なのだけど……今日ばかりは逃げると後が怖い。
水野先生や他の先生方にも「お先に失礼します」と軽く挨拶をして、私は渋々駅へと向かった。
* * * * * * * * * *
(えーと、確か花小町ってお店だよね……)
目的の駅に着いてから出口を出て、駅前周辺を見渡す。
暫く辺りを見てみると向かいの交差点のビルに『Hanakomachi』と書かれた看板を見つける。どうやらそこが目的の店のようだ。
すぐに信号を渡って、ビルの中へと入る。エレベータに乗って5階のボタンを押す。
その1人の密室空間に、ここまで来て緊張している自分に、小さくため息が出る。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「いえ、伊藤の連れなんですが…」
「おうかがいしております。ではご案内致します」
店の中を案内されると看板に劣らぬオシャレな内装だ。
さすがコンパの猛者が店を決めただけはあるなと思わず感心してしまう。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
店員さんにお礼を言い、襖の前に立つと楽しそうな笑い声が聞こえて来る。ああ、既に帰りたい。同窓会とかこういう類のものって遅れて来るほど入りにくい……銀魂でそんなタイトルなかったっけ。
なんて現実逃避もそこそこに、入らないわけにもいかないので意を決して、しかしながら静かに、そっと襖を開けた。
「あ!〇〇やっと来た!バイトお疲れー」
「その子が遅れてくる言うてた子?」
「そうそう。〇〇早くこっちおいで〜」
ボーっと立っていたらこのコンパを企画した友達である咲に名前を呼ばれ、そちらに行く。
「この子が△△〇〇。面倒見良くてとってもいい子やからよろしくー」
「よろしくお願いします…」
向けられる視線の数に萎縮して小声になる。なんとかこれで本日のミッションは終了だろう。
(あとは適度に飲んで食べて帰ろう)
空いてる席にゆっくりと腰を下ろして、近くにあったメニューを取り、そう吟味する。
やっぱりバイト終わりだし、ここは本当は生ビールといきたいところ、だけど。
テーブルに並ぶ女性陣のものと思わしきドリンクはどれも彩り豊かな甘いカクテル系……普段の女子だけの飲みだとそんなものはあまり飲まないくせに。
しかし、ここで下手に可愛げがないものを注文するのも気が引ける。となるとまだマシなのは……梅酒はありなのだろうか。
私がそんな葛藤をしている間にも、周りの子達はもう男の子達と仲良く喋っている。うん、やっぱり私必要なかったよね。人数合わせだから仕方ないけど。
しかしそう思っても口には出さない。言って空気を壊す方がよっぽど問題だ。
そしてまたメニューへと思考を切り替えると、
「えらい悩んどるなあー」
突然かけられた声に、顔を上げると。
目の前にいたのは笑顔の似合う金髪の男の子がいました。
(運命は偶然ではなく必然)