01
強く吹き抜ける風に、桜の花びらが舞う。
窓の外に映る桜並木は今日も美しく咲き誇っている。
この景色を見るのも今年で3年目になる。
大学3年生にもなると新入生の時のような新鮮味なんてものはほとんどなくなってしまう。ガイダンスのカリキュラムや履修申請についてなどの説明は、もうわざわざ聞くほどでもない。ただ通例として聞いているに過ぎない。退屈だ。
そう思いながらも、一生懸命に説明してくれている助手の林さんにそんな態度を見せるのは些か申し訳ないので、一応聞いているフリに努める。しかし、頭の中で思い浮かべるのは他のことだ。
大阪に来た当初は色々と大変だった。慣れない土地に、関西弁。国立だから地方出身も多いだろうと思って、蓋を開けてみたら多くは地元関西出身……やっていけるか本気で不安だった。
でも、今はそんなことすらも懐かしく感じる。勉強ももちろん、それ以外の友達やサークル、大学生活はとても充実している。最初はなんとなく怖い印象があった関西弁だって、今では実家に戻ると「姉ちゃん関西弁移った?」と弟に言われるほどだ。
(そういえば、高校生の頃にきた時も親切にしてくれた人たちがいたな…)
ぼんやりとだけど、それははっきりと覚えている。綺麗な顔をした男の子たちを。
* * * * * * * * * *
それは高校2年生の夏だった。
当時から今の大学が第1志望だった私は、大学のオープンキャンパスに行くために1人で東京から大阪にやって来た。
憧れの大学と初めての一人旅、それらが相まって気分は確かに高揚していた。しかし、そこが慣れない土地だというのを失念していた。そのせいで──見事に道に迷った。
交番さえもどこにあるか分からない。それどころか人通りもほとんどない。
(どうしよう…これって結構まずいよね…)
今思えばなんのために携帯を持っているのかと思うけど、その時は焦り過ぎてそんな考えに行きつかず。完全に途方にくれていた。
そんな時だった。
「ここのお好み焼きごっつ美味いんや」
「へえー…せやけど謙也さんの味覚は怪しいっすからね」
私の目の前を学ランを着た男の子達が通り過ぎた。
それはもうチャンスだとばかりに、旅の恥は
き捨てで慌てて声をかけた。
「あの!すみません…っ!!」
自分でも少しびっくりなくらい大きな声が出た。当然、声をかけられた彼らはもっと驚いて、私の方に揃って振り返る。
でも私はもっと驚いたと思う。なんせその振り向いた3人が、三者三様揃いもそろって美形だったから。……私の学校も綺麗な顔の人が多いって言われているけど、それに負けず劣らずの顔立ちだ。
「どうかしたんですか?」
呆気にとられながら、金髪の男の子の声で我に返る。
「道に迷ってしまって…ここに行きたいんですけど分かりますか?」
目的地が書いてある紙を見せて慌てて尋ねる。
「ここは多分…白石、財前分かるか?」
「あー、ここはあの電車に乗って〇〇駅に行けばええよ」
その中でも特に色素の薄い髪色をした男の子が親切に教えてくれた。
「ありがとうございます!」
「!」
「自分観光客?女の子1人やと危ないからな、駅まで送るわ」
「いえ、そんな悪いですから…」
遠慮しようとすると「俺らはかまへんから」とやや強引にだけど駅まで連れて行ってくれた。
「本当にありがとうございました」
「大したことやないから」
「せやせや」
「謙也さんは然程役にたってないっすわ」
「なんやと!?」
「あー…うるさくてすまんな」
「いえ、仲がいいんですね」
言い争いを始める2人に、呆れたような色素の薄い男の子。仲の良さが伝わってくる。
「それじゃあ、本当にありがとうございました」
「気をつけてな」
「お、大阪楽しんでや!」
最後にそう言ってくれた金髪の子に手を振って、私は改札をくぐった。
* * * * * * * * * *
そんな昔のことを思い出し、思わず頬が緩む。
人の親切をあれほど感じたのは初めてだった。そしてなによりあれほどかっこいい3人組に旅先で出会えるとは思わなかった。
こっちに進学して、また会えないかなと思ったこともあるけど、そんな奇跡は当然起こるはずもなく。
(まあ向こうは会っても私のこと覚えてないか)
考えるのをやめて、時計を見るとそろそろガイダンスも終了の時間。
今年も良い1年になるといいな。
(運命はもう動き出している)