微かな光が光輝になるまで



『俺はいいけど、修二がどう思うか……』



僕の問いに対し、萄兄さんは少し考え込む。そうだよね、過去の僕と同じような状態なんだ。そんな状態のとき、まったく知らない人は恐怖でしかないのを、何よりも僕が分かってる。

けど、僕がそれを克服できたのは、兄さんが前に進む勇気をくれたから。
自分から進まなきゃ変えられないと分かったんだ。

だから、絵野修二さんが自分を変える一歩になるきっかけになりたい。


『僕の方法でうまくいくとは思ってない。けど……試させてほしい』

『名前ちゃん……うん、分かった。修二、今から別の子と変わるから……逃げるなよ』


僕の気持ちを分かってくれたのか、萄兄さんは大きくうなずいた。
そして、絵野修二さんに話し相手が変わることを伝えてくれた。


『え、ちょっと萄、一体なに…』

『ごめんなさい、変わりました。突然ごめんなさい、僕は苗字名前と言います。初めまして、絵野修二さん』

『……!』


インターフォン越しに息をのむ声が聞こえた。……僕に怯えているんだ。
ただの知らない人ではないことを伝えなくちゃ。


『僕は萄兄さんと一緒にサッカーやってます。さっきの口が悪い二人も一緒で、僕がそのキャプテンです』

『萄の、チームメイト……?』


声の震えがちょっと収まった気がする。
緊張が解けてきたのかも。


『さっきは二人がごめんなさい、絵野修二さんがあることをきっかけに引きこもってることを萄兄さんから聞いたんです。でも、二人は決して悪気があって言ったんじゃないんです』

『い、いいよ、そのことはもう……。それより、もう帰ってもらっていいかな』


勇気を振り絞ったような声で言われた言葉。……どうやら、僕が想っている以上に絵野修二さんの心は傷ついていたようで。

それでも、この場でこの人の気持ちを一番に理解できるのは僕だけだ。
そう思い込ませ、僕も言葉をつづけた。


『僕は貴方とお話がしたいんです。……貴方は、少し前の僕によく似てる』

『え? えっと、苗字さん……僕はその、帰ってほしくて…』

『帰りません。貴方と直接対面して話せるまで、僕は絶対に帰りません』


強引だったのは分かってる。
でも、変化するためにはいつも通りを壊さなくちゃいけない。それを壊さなければ、ずっとこのままだ。

後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいた真太郎と颯太は、いつの間にか静かになっていた。


『昔の僕は、前に所属していたチームで嫉妬を受けて、虐められてました。それから僕は、人と話すことが怖くなって、サッカーへの気持ちも冷めてしまいました。貴方と同じで、サッカーが怖かったんです』


でも、そんな自分を乗り越えたから今がある。
それを伝えなくちゃ。


『けど、僕は今のチームメイト……萄兄さんを含め、今のチームメイトと出会えたことで、人と話すことが怖いと思わなくなった! サッカーをまた”好き”だと心から思えるようになった! ……僕があの時逃げていたら、今の自分にも、貴方にも出会えていなかった。勿論、チームメイトにだって』


そのきっかけをくれたのは……兄さんだ。
兄さんがいなかったら、今の僕はいない……過去の僕も、今の僕も。


『つ、つまり……何が言いたいの』

『言いたいこと……僕に言えたことじゃないですが、いつまで逃げているんですか! 萄兄さんはずっと、ずっと___あなたと一緒にサッカーできる日を待ってるんですよ!?』


一緒にサッカーしてそんな日は多くない。でも、分かるんだ。
萄兄さんは楽しそうにボールを蹴っていても、どことなく誰かを探しているように見えた。そんなの1人しかいない……絵野修二という人をずっと待っていて、一緒にサッカーできる日を望んでいるんだ!


『萄兄さんはあなたに見てほしいんです、前より上手くなった自分のプレーを!』

『萄の、プレー……』

『それだけじゃない、萄兄さんは貴方の姿を見たいんです。しばらくの間見ていない、貴方の姿を自身の目で!』

『僕を……?』


自分の思うことをぶつけるように言ってしまったけど、きっとこれは萄兄さんも同じはず。
そう思って萄兄さんを見れば、目を見開いて僕を見ていた。


『萄兄さん。ちゃんと言わなきゃ。……その言葉を誰よりも伝えたいのは、萄兄さんでしょ?』


そう言えば萄兄さんは一瞬、息をんだ。そして、大きくうなずいた。
僕は少し場所を移動して、萄兄さんにインターフォン前を譲る。目の前にある背中を見守ることに専念する。



『修二……もう一度、もう一度俺とっ、サッカーしよう!』

『萄……』

『またお前とボールを蹴りながら、フィールドを走りたいんだ!!』

『……っ!!』



インターフォン越しから、ぐすっと鼻をすする音が聞こえた。
言うまでもない、絵野修二さんのものだった。


『ごめん、ごめんね……っ、萄……! 自分のことばっかり考えてたけど、萄も一緒だったんだね……!』


涙ぐんだ声で紡がれた言葉は、萄兄さんに対する謝罪だった。
それにつられたのか、萄兄さんも涙を流し始めて。

……よかった、伝わった!



『萄、会いたいって言ったら怒る……?』

『怒るっ、説教だバカヤロウッ、早く出てこい……!』



絵野修二さんの言葉に対し、確かに怒りの言葉はあった。けど、その中には嬉しさが混じっていたのは分かっていた。

……これはお邪魔になりそうだな。
ゆっくりと後ろを向き、その場を離れる。振り返ればそこには当然、真太郎と颯太がいるわけで。

……この空気をぶち壊してしまうかもしれないけど、絵野修二さんが出てくるとなれば二人には言わなければならないことがある。


『さあ二人とも? 修仁さんが出てきたら、言うことあるよね?』

『『ハイ・・・』』


ちゃんと分かっているようでよろしい。
そう思っていた時だ。……ガチャっと扉が開く音が聞こえたのは。





2024/03/30


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