対 イプシロン
「色々お世話になりました。我々の為に戦ってくれたこと、感謝しています」
次の日。
今日は漫遊寺中を発つ日だ。
「こちらこそ、ありがとう」
現在会話しているのは、円堂さんと、漫遊寺中のGKの人だ。キャプテン同士の会話である。
「あの、木暮君は……?」
「そう言えば、一切姿を見ていませんね」
僕の隣にいた春奈が、漫遊寺中のキャプテンに木暮について尋ねる。しかし、返答は見ていないとのこと。
そういや僕もあの後、木暮のこと一切見てないな。
「彼奴から、うちのユニフォーム返して貰ってないでヤンスよ?」
「まあいいわ。記念のプレゼントってことにしときましょ?」
「漫遊寺のこれからが、思いやられますね〜」
ユニフォーム、いいんだ返さなくて……。
じゃあ僕もあの時、返さなくて良かったのでは。あの時というのは、FF予選で豪炎寺さん負傷の時に助っ人で秋葉名戸学園との試合に出た時の事だ。
因みに、その時に来ていたユニフォームを今も着てる。恐らく偶然ではなく、意図的だと僕は思ってる。
「木暮に言っといてください、サッカー頑張れって!」
円堂さんらしい言葉だ。 まあ、サッカー好きから着ている言葉だろうけど。
そう言えば、これからはどうするんだろう?
そう思って瞳子姉さんの姿を探す。
「これからどちらに?」
「ひとまず雷門に戻り、イプシロンとの再戦に向けて調整に入ります」
「……ご武運を。勝利を願っております」
少し離れた場所で瞳子姉さんの姿を発見する。どうやら漫遊寺中サッカー部の監督と話している様子。
ふむふむ、今から雷門に帰るのか。……うぅ、また乗り物酔いの地獄が始まる……。
「……ん? どうしたんだよ、春奈」
「へっ?」
「なんか暗い顔してたけど」
「な、なんでもないわ! なんでもないの!!」
ふーん……なんでもない、ねぇ。
僕にはそう見えないけど。それに、大方予想は付いている。だってさっき、口に出して言ってたしね。
「みんな、そろそろ出発するわよ!」
瞳子姉さんから指示が飛んでくる。妄出発か……覚悟を決めなければ……。
「顔がまっ青だぞ、苗字」
乗り物酔いの恐怖に怯えていると、鬼道さんが話しかけてきた。どうやら僕が酷い顔をしていたようで、話しかけてくれたらしい。
「うぅ、鬼道さん……察してください」
「そもそも酔い止めは飲んでいるのか」
「飲んでるんですけど、効き目悪いのか全然効果なく……」
「酔い止めは、少なくとも出発する30分前に飲むのがいいらしいぞ。使うものにもよるかもしれないがな」
「えっ!? じゃあもう手遅れ……」
「お前の場合は30分前に飲んだ方が良さそうだな」
そんな会話をしながら、僕達はキャラバンへ乗車。そして、漫遊寺中サッカー部に見送られながら出発したのだった。
「いやぁ〜、なんだ言って木暮って奴は面白かったよな!」
「チームに入れなくて良かったのかな」
「いやいや、それで良いのです。あんな奴がいたら、宇宙人に勝てるものも勝てなくなっちゃいますからね!」
「シビアだな〜、目金君」
キャラバンが出発して数分後。
キャラバン内は木暮の話題で持ちきりだ。それほどにみんな、木暮の実力を認めているのだろう。
「……」
チラッと視線をある人物に向ける。その人物は春奈だ。彼奴の横顔、やっぱり寂しそう。
境遇が似ていたから気に掛けていたことを知ってる。最後の挨拶だけでもしたかったんだろうな。
なんて事を思っていたときだ。
「あ、あの〜……、お話中の所すみませんが……」
「なんだい?」
「あぁ? ……マジかよ!?」
僕の隣に座る染岡さん(あまりにも顔色が悪かったため、またもや席を窓側にして貰った)が後ろを振り返ったので、僕も後ろを振り返った。
「……え」
「「「ええ〜〜〜っ!!?」」」
「お前!」
「木暮君!!」
なんで木暮がキャラバンに……あぁ、瞳子姉さん分かってて伝えてなかったな!?
そう思いながら瞳子姉さんの方を振り返ったが、本を読む後ろ姿しか映らなかった。
「ウッシッシッ!」
「あっははは……」
続けて視線を動かしたのは春奈だ。……苦笑いだけど、ちょっと嬉しそうな顔をしている。やっぱり寂しかったんだな、彼奴。
「……結局、いなかったな」
僕は太股に視線を移す。
そこにはヒロ君が着ていたジャケットがある。朝、早く起きて姿を探したけれど、見つける事はできなかった。
「……夢じゃない、絶対にいたもん」
ギュッと握りしめたジャケットの感覚がそうだ。
あの日、僕はヒロ君と会った。成長したヒロ君と。だからきっと、また会える。
その時に、このジャケットを返すんだ。
対 イプシロン END
2023/8/17
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