対 世宇子中
「苗字」
呼ばれたので後ろを振り返ると………
「…………誰」
知らない人が立っていた。あれ、でも声は……
「豪炎寺だ」
「え!?豪炎寺さん!?」
豪炎寺さんでした。
お風呂上がりなのか、髪を下ろしていて誰か分からなかった。
「で?聞きたい事って?」
先程、話したい事がある、と言われたので待ち合わせしていたのだ。
…こうして二人っきりであうくらいだ。人の多い場所では話せない内容なのだろう。
ジッと豪炎寺さんを見て、そう尋ねる。
「稲妻総合病院。……そこで『苗字悠』というネームプレートを見てな。お前を知ってから気になってたんだ」
「……ああ、その事か」
「それに、先日鬼道の口からその名前が出たときはびっくりしたよ。……まさか、俺の父が勤めている病院にいるとは思わなかったからさ」
へぇ。豪炎寺さんのお父さんがあの病院で働いているんだ。
それに、話を聞くからに結構前から兄さんが病院に入院しているのを知っているようだ。
「兄さんは、もう1年ほどあの病院に入院してる。……兄さんがあの病院に入院する事になって、僕はこっちに来たんだ」
「東京出身じゃないのか?」
「違うよ。引っ越してきたんだ」
良く都会人に間違えられるけど、そんなに都会人ではない。どちらかというと田舎っ子だ。
元々、じいちゃんが単身赴任だったのもあり、じいちゃんが住んでいる東京の借り家……現在住んでいる稲妻町へと、ばあちゃんと一緒に移ってきたのだ。
元々住んでいた所で仲良くしてた友達に引っ越す事を伝えるのは辛かった。
「今年の春から来たんだ。割と最近でしょ?」
「そうだったのか……」
「東京、慣れなくてさ。これでも割と都会っぽい格好意識してたけど、この町そんなに都会っぽくないし、懐かしい感じがして好き」
「ああ。それは俺も同感だ」
「しかし……」と豪炎寺さんが言葉を零したので、顔をそちらへ向ける。
「まさか、苗字が女だったとはな……」
「まあ、小学生部門の大会では女子の参加OKだったし。それに当時からこの髪型だったから、男と勘違いされるのも仕方ないかなぁ」
僕がそういうと、「すまなかった……」と申し訳なさそうに言った豪炎寺さん。
「どう思った?」
「?」
「僕の性別、前まで男だって思ってたんでしょ?……どう思ったのかな、って」
豪炎寺さんにそう聞いたのは、前に自分のサッカーする姿に影響された、と言っていたので気になった。
「納得がいった」
「納得?」
豪炎寺さんの言葉に首を傾げる。
「雷雷軒でお前の腕を掴んだとき……。最初は本人か知りたくて、という行動だった。だけど、掴んだ腕は細くて驚いたよ。それから、突然目の前でユニフォームを脱ぎだしたのもな」
「別に見えないんだから良いじゃん」
「少しは気にしろ。……女の子なんだから」
なんだか豪炎寺さんが親に見えてきた……。
地元は暑い場所だったから普段からら涼しい格好だったし、水着を着ることにもあまり抵抗はない。なんなら、僕の水着スタイルはヘソ出し&短パンである。
「女性なのに男性と同等……いや、それ以上の実力を持っているんだ。それに、先程見せて貰ったあの強力なシュートと、そのシュートをコントロールできる能力……。俺があの日見た苗字そのものだったよ」
「……な、なんかそこまで言われると照れるな……っ」
豪炎寺さんの言葉に照れくさくなって視線を逸らす。
「ま、まあ?世宇子中との試合、見に行くから勝ってよね。個人的にあの世宇子中のキャプテンが気に入らないから、倒さないと許さない」
「お前も一緒に出れば良いじゃないか」
「今更出たら変じゃない?……それに、一度言った事を撤回するのはなんか嫌だ」
僕がそういうと豪炎寺さんはクスッと笑った。
もう、笑わないでよ。
「……あの人の使う必殺技、僕に似たものばかりだよ。それだけは教えておく」
「苗字の必殺技に?」
「うん。………それも、僕が『光の天使』と呼ばれ始めたきっかけになった必殺技を」
「僕の事知ってるならその必殺技が何なのか、分かるでしょ」と言うと、豪炎寺さんは目を見開いた。
「神だか何だか知らないけど、真似されるのは嫌なんだよ。赤の他人なら特に」
「お前の事を偉く気に入っていたな……」
「好かれるのは気分が良いし、構わないんだけど……。なんかなぁ」
「とにかく!」と豪炎寺さんを指さしながら言う。
「僕はフットボールフロンティアには出られないので、このイライラを豪炎寺さんに託します。……と言うことで宜しく」
「……はぁ。まあ、お前も雷門中サッカー部の一員だからな。その意思、ちゃんと持っていくよ」
「サッカー部に入ったのではなく、関係者と言って欲しいね」
「どうせ入るんだろ。良いじゃないか」
……何故僕の心情がバレているんだ。
目の前にいつ豪炎寺さんは、僕が心の中でそう思っている事を知らないだろうなぁ。
2021/02/21
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