貴方のいない日常の始まり
「……ここ、は」
「!…起きたか。おはよう、名前」
目が覚めると、知らない天井に忍田さんの声。
……いや、見慣れてないだけだ。
近界民による侵攻後、ボーダーは瞬く間に『ボーダー本部基地』を創りあげた。
その施設の中にある一つの部屋を借りて、自分の住居にしたんだった。
「…今日も何も食べてないのか?」
「…お腹空いてない」
「気持ちは分かる。だが、何か食べないと身体に悪いぞ」
忍田さんが困ったようにそう言ったが、本当にお腹が空いていないのだ。
ここ数日、何も口にしていない。今何か食べたら吐き出しちゃうかも知れない。それくらいに精神が弱っていた。
……理由は分かっている。兄さんがいない日常を受け入れられないんだ。
泣いては寝て、泣いては寝て…をずっと繰り返していた。
やっと落ち着いた頃…あの日から数日後にやっと今日忍田さんと顔を合わせた。
私の顔を見てホッとしてすぐに困った顔をして……。表情筋が忙しそうだ。
「…あれ」
「?どうかしたか、名前」
手元を見てそう言った私に、忍田さんが首を傾げる。
…私、ずっと握ってたの。
両手で固く、ギュッと握りしめてたの。誰にも取られないように。
なのに、
「……ない」
「ない?何が?」
忍田さんの言葉に応答する事無く、ベットの周りを探す。
探しても探しても見つからない事に段々絶望する。
……もしかして。
ある可能性を思い浮かんだ私は、後ろを振り返って忍田さんを睨む。
「……兄さんは何処」
「彼奴はブラックトリガーになった、とお前が言っただろう」
…違う。そういう意味じゃ無い。
兄さんがもうこの世にいないことは、受け入れたくないけど分かってる。
「あれ、ブラックトリガーって言うんだ…。って、違う。兄さんを何処にやったの?私、ずっと手に握ってた」
私が探している物…兄さんが姿を変えたあの物体は『ブラックトリガー』というようだ。
忍田さんの言葉から出た単語に、また新たに学んだな…って違う違う。
今此処にブラックトリガーが…兄さんがないんだ。
なら、誰かが“盗った”って事だ。
盗るとしたら、此処にいる人達以外考えられない。
「…すまない。数日間も籠もっていたから、名前が寝ている間にブラックトリガーを借りたんだ。少し調べたいから取っただけで、決して名前から取り上げようとしたつもりではない。……だから、そんなに睨まないでくれ」
私の目線に忍田さんが漸くぼろを出した。
色々言ってるけど、結局盗った事には変わりない。
「…?どうした、キョロキョロして」
突然私が周りを見渡し始めた事に、忍田さんが首をかしげる。
…今度はベットの周りを見ている訳ではない。このボーダー本部基地“全体”を見ている。
私の副作用『強化視覚』
簡単に言ってしまえば目が良い。
普段から発動している訳ではなく、自分の意思で発動する事ができる。普段からこの副作用が発動していたらとんでもない事になっちゃう。
天井をあらゆる方向で見上げていると、ある一点が視界に入る。
「…見つけた」
見えたのは、ある装置の中に入っている黒い球体。
その場所は、『ボーダー上層部』というこの基地の上の方にある部屋だ。
2020/12/26
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