未来視通す者にも選択肢を

side.迅悠一



「ねぇ香薫さん。なんで名前ちゃんが狙われたか分かる?」


香薫さんは名前ちゃんを襲った近界民ネイバーと戦っている。なにか知っているんじゃないかと思って尋ねた次第だ。


「ああ、話してくれたよ。戦力にしたいってな」

「やっぱりか……」


香薫さんが口にした内容は、なんとなく予想できていた。
名前ちゃん自身は自分を厳しく評価しているけど、あの子は強いし、実力もある。昔から彼女を知るおれが保証する。


「……ごめんな、悠一。俺の所為で視えなかったんだろ」


香薫さんの言葉に返す言葉がすぐに浮かばない。
……でも、これだけは言える。香薫さんの所為になんてしたくない。


「……直前だったけど、名前ちゃんの未来は視えたよ」

「へぇ、どんな未来だ?」

「……名前ちゃんが死ぬか死なないか」

「2つってことは、分岐点があったのか?」

「うん。その未来が視えた時点で名前ちゃんがノーマルトリガーを起動する線はなかったから、あの場で香薫さんを……ブラックトリガーを起動するかしないかではっきりと未来が分れるところだった」

「……そっか。ありがとう、教えてくれて」

「まだ名前ちゃんが死ぬ未来が消えた訳じゃないんだ」

「おっと、それならまだ気を緩めるわけにはいかねーな。ま、緩める気なんてないけど」


こうして普通に会話できている香薫さんだけど、実はトリオン体を維持することで精一杯なはず。器用な人だな、本当。

……って、そう言えば。


「ねぇ香薫さん。人型と交戦したんでしょ? よく無傷だったね」


名前ちゃんの姿を象ったトリオン体は、見た所どこにも傷がない。
本部からの情報ではワープのトリガーを使う近界民ネイバーと、さっきおれが発見したキューブから推測して、トリオンをキューブへ変化させるトリガーを使う近界民ネイバーと交戦しているはずだ。

どちらもブラックトリガーなのに運が良いというか……香薫さんがすごすぎる。と、思っていたんだけど……。


「いいや、無傷じゃねぇ」

「え?」

「足を見てみろ」


香薫さんに言われ、名前ちゃんの足を見る。……普通に怪我のない状態に見えるけど。


「何ともなさそうに見えるけど……?」

「まあ外見はそう見えるところまで回復させた」

「へぇ……って、回復させた!?」

「ああ。鳥とか魚とかトカゲとか出してくる近界民ネイバーがいたんだけどな、そいつのトリガーにやられて足が使い物にならなくなったんだ。まぁ、向こうが都合の良い解釈を取ってくれたお陰で事なきを得たんだけど」


当然のように流したけど、香薫さんとんでもない事言ったよね!?
回復って……トリオン体を?


「って、聞いてるか?」

「聞くも何も、今……トリオン体を回復させたって」

「ああ、そうだった。その戦った近界民ネイバーがやってたのをヒントにやってみたら上手くいったって話だ。まあ、思いつきだったから思い通りに出来てるわけじゃねーけど」


香薫さんはちょっと不満げにしてるけど、トリオン体をその場で回復させるのはすごいことだ。確かに香薫さんというブラックトリガーは大抵のことはなんでも出来るのが強みだから、可能性はあるといえばある。敵からヒントを貰っただけで実現させてしまうんだから、この人はトリガーになってもすごい人だ。


「それにしても、近界民ネイバーの男が言ってた事が引っかかってるんだよなぁ……」

近界民ネイバーの男って、トリオンをキューブに変えるトリガーを使う近界民ネイバーのこと?」

「ああ。兵力の糧にするって言ってたけど、実力だけなら他の隊員も狙うはず。まさっち達が纏めてんだ、つえー奴らが沢山いるんだろ?」

「勿論。何人か香薫さんに紹介したい人がいるもの」

「会ってみてーなぁ」


とりあえずアタッカー何人かは香薫さんに紹介したい。太刀川さんとか気が合いそうだなぁ……。弧月使ってる人は絶対気が合うと思うな。


「……って、話逸れたわ。ごめん」

「大丈夫、大丈夫」

「で、続きだけど……あの時、トリオン能力を評価されたのがどうしても引っかかるんだ」

「どうして? トリオン能力は高ければ高い程重宝されるじゃん」


近界民ネイバーがトリオン能力が高い人間を狙う理由など分かりきっている。人を攫う理由として大体が戦力の補充、強化が当てはまる。
名前ちゃんはその2つどちらにも該当されるし、むしろ重宝される側だろう。


「それはそうなんだけど……もし、名前が連れ去られたとして向こうの兵となったとする。その後の事___用済みとなった場合。捨てる際に何かの”糧”にもできると考えていたら?」

「!」

「名前を捕まえることは、単純な兵力の増強にも、トリオンの補給にもなる。まさに一石二鳥なんだよ」


おれ達が暮らすこの世界はそんな話は出てこないけれど、向こうの世界にとってトリオンは貴重な資源だ。名前ちゃんは戦力になると同時に資源にもなり得るから狙ったのでは、という香薫さんの推測は頭にすんなりと入っていった。


「向こうは人を攫いにこっちの世界に来てんだ。当然、トリオン測る計測器があるはず。なぁ悠一、敵が名前のトリオン能力測れるタイミングがどこかになかったか?」


名前ちゃんのトリオン能力を測れるタイミング、か。
名前ちゃんがノーマルトリガーを起動していた時間は、ブラックトリガーを起動していた時間と比べると短い。だから、どのタイミングだったのか考えやすい。


基本、名前ちゃんは弧月を使う。アタッカー用トリガーは他のトリガーと違ってトリオン能力を計測しにくい。何故ならトリオン能力による依存がそこまでないからだ。

しかし、名前ちゃんが使うトリガーは弧月だけではない。出水の影響であの子はシューター用トリガーを使うようになり、アステロイドとメテオラを使っていたはずだ。


「……待てよ? まさか……!」


分かったかもしれない。
確か一時的に本部との通信が乱れた時間があった。何故乱れたのかというと、本部に爆撃型トリオン兵が衝突したからだ。

そのトリオン兵を太刀川さんともう1人……名前ちゃんが討伐していた。その時名前ちゃんはシューター用トリガーを使っていた。

シューター用トリガーはトリオン能力に依存する箇所が所々存在する。もしかして、あのタイミングで名前ちゃんをターゲットに選んだのか?


「……分かったのか?」

「多分だけど……香薫さんに交代する前に、名前ちゃんシューター用トリガー使ってたんだ」

「シューター用トリガー!? 彼奴、シューターに転向したのか……?」

「いや、バリバリのアタッカーだね。状況に応じて使い分けてるって感じ」

「なるほど……。だが、シューター用トリガーを使ってたんなら、向こうにトリオン能力は筒抜けだったろうな」


名前ちゃんが投入されたタイミングは、新型トリオン兵が現れだした頃だったはず。あの子の実力なら新型は1人で討伐できるだろうから、本部も出さざるを得なかったんだろう。


『あの、大規模侵攻で私はどうなるんですか』


……副作用サイドエフェクトが機能していれば、あの日名前ちゃんの問いに正確な予知を伝えられたのに。


「……悠一」

「何?」

「また自分を責めていないか?」


……あぁ、どうしてこの人はおれが考えている事を簡単に看破してしまうのだろう。
これでも周りを欺むことには慣れてきたのに。





2022/4/24


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