大規模侵攻・中編
今は使われなくなった建物の屋上に立っているのは少女……名前だ。
彼女の視界の先には近界民……トリオン兵。その数は目視で数えることが困難なほどだ。
「……お願い兄さん。力を貸して!」
名前は自身の左耳に身に付けているイヤーカフ……否、ブラックトリガーに触れながらそう口を開いた。その瞬間だ。
彼女の身体が黒い何かに包まれる。
周りに稲妻が走り、パチパチと電気が発生しているような音が辺りに響く。
まるで落雷したように、彼女を纏う黒い何かが上からなくなると同時に名前の顔が現れた。
しかし、その顔は名前に似ているものの、どこか雰囲気が違う。幼いが、どこか男らしい顔つきだ。
そして、心なしか身長も高くなっているように見える。
「……へぇ」
開かれた瞳は、緋色ではなく碧色だった。
それは名前自身のものではなく、彼女の亡き兄が持つ瞳の色だった。
「聞いてた通り、多いな」
暗めの色であるロングコートを靡かせた名前が発した声は、彼女自身の声であるはずなのにどこか低い。例えるならば、声変わり途中の少年の様な声だ。
「……あー、まさっち? 聞こえるー?」
『ああ。無事換装できたみたいだな』
名前は片耳に手を当てると、まさっちと呼ばれた人物と会話を始めた。
「おう。名前からのお呼びの理由も何となく把握してる」
『そうか。まずは目の前にいる近界民の討伐を頼む。その後に現在の状況を詳しく説明する』
「ん、了解。……そんじゃあ」
まさっち……忍田と会話を終えると、名前は何もない空間から黒いブレードを片手に出現させた。
それをその場で回転させて、トリオン兵に向けて構えた。
「楽しませてくれよ、近界民……!!」
狂気に似た表情を浮べた名前……否、香薫は屋上を飛び降り、トリオン兵の群れへと落下していく。
香薫に気づいたトリオン兵は彼をターゲットに定め、攻撃の態勢に入った……が。
「おせェ!!」
香薫は持っていたブレードをそのトリオン兵の弱点へと思いっきり投げた。それは綺麗にトリオン兵の弱点へ刺さった。
大きな音を立てて倒れるトリオン兵の隣へと軽やかに着地した香薫は、再び黒いブレードを両手に出現させた。
休む暇を与えないと言うように、香薫へとトリオン兵が向かって行く。
対する香薫は自分の元へと向かってくるトリオン兵を見てニヤリと笑った。そして、トリオン兵を難なく倒した。
「ほらほら、どうしたッ!!」
次々と襲いかかってくるトリオン兵を流れるように倒していく。
その姿は綺麗とも言えるが、どこか狂っているようにも見える。トリオン兵を倒す事が楽しいと表情が語っている。
「楽しいなぁおい!! ほら、もっと俺を楽しませろ!!」
目視で数えることが困難なほどのトリオン兵がいたはずなのに、いつの間にか数えることが容易なほどまで数が減っていた。
その場にいるのは香薫ただ1人。つまり、彼1人でここまで数を減らしたと言う事になる。
そのトリオン体はまだ傷1つも付いていない。無傷である。
それはブラックトリガー故の戦闘力なのか、香薫の実力が高すぎるからなのか。
「こんなんじゃ満足できねーんだけど……」
そして遂に香薫は周りにいたトリオン兵を1人で倒しきった。
彼の周りはトリオン兵の残骸で溢れかえっていた。
『ご苦労だった、香薫』
「なーまさっち。俺物足りないんだけど」
『そうだろうと思っていた。だが、まずは今の状況を聞いて欲しい』
「あぁ、そうだった。まあこんな量のトリオン兵がいるから、何となく何が起きているかは察しが付くけど、教えてくれ」
2022/4/15
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