大規模侵攻・前編



※血流表現あり



待機中、目を瞑って集中していると、あの日の記憶が頭の中をよぎった。
4年半前……第一次近界民侵攻の頃の記憶だ。



***



あの日、私は兄さんと共に民間人を襲うトリオン兵を見つけ次第倒していた。
兄さんは民間人から自分へターゲットを集中させるために、副作用サイドエフェクトを発動していた。

私も副作用サイドエフェクトを発動して、こちらにやってくるトリオン兵を確実に倒していた。

……でも、あまりの数に私は見逃していたんだ。
副作用サイドエフェクトを発動していたにもかかわらず、1体のトリオン兵に背後を許してしまったんだ。



『! 名前!!』



私の名前を呼ぶ兄さんの声が聞こえたと同時に私の身体を貫く刃。
それはトリオン兵による攻撃だった。

トリオン兵の刃は私の胸……トリオン供給器官を確実に破壊していた。
トリオン体はトリオン供給器官かトリオン伝達脳を破壊される、または首を切ることでトリオン伝達脳とトリオン供給器官の道が切断される、トリオン漏出過多によるトリオン切れの3パターンで維持できなくなる。
私の場合は急所であるトリオン供給器官を刺された。

破裂したような音が聞こえたと思えば、私は生身に戻っていた。
そして、目の前には私を生身に戻したトリオン兵。


『ぁ……っ』


生身の状態でトリオン兵を倒すことなど不可能だ。
だが、トリオン兵は生身の相手を攻撃できる。

いつも怖くないのはトリオン体であるから。生身である今、その刃を見て身体が硬直してしまった。
頭では躱さなきゃと思っているのに、身体が動かない。


『……っ!』


トリオン兵の刃が自分へと振り下ろされる。
そう思って目を瞑った……しかし、いつまで立ってもその衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、視界に入ったのは___


『に、さん……』


私と同じくトリオン供給器官を貫かれた兄さんがそこにいた。
兄さんの前には真っ二つにされたトリオン兵。

兄さんはトリオン体が崩壊するまでに、弧月を投げ飛ばしてトリオン兵の弱点を攻撃。トリオン兵が動かなくなると同時に兄さんのトリオン体が破裂した。


『悪い、俺が寄せすぎた所為で怖い思いをさせた。ここに留まってると俺に引き寄せられたトリオン兵が集まってくるかもしれない。場所を移動しよう』

『うん……!』


兄さんが悪いんじゃない。
見逃した私が悪いんだ。そう言いたいのに、先程の恐怖で口が動かない。

尻もちを着いていた私に兄さんが手を差し伸べた。
その手を握ると、思いっきり引っ張られて、自分の意思と関係なく身体が起き上がった。……が、足に力が入らずバランスを崩してしまい、兄さんの元へ倒れ込んでしまった。


『……ごめんな。怖かったな』

『違う……私の自業自得だもん……』

『強がらなくていい。トリオン体が破壊される前にまさっち達には連絡したから、すぐに迎えが来る。さ、急ごう』


上手く歩けない私を兄さんは支えてくれた。
危険な状況であることに変わりないのに、私を不安にさせないように兄さんは優しく声を掛けてくれた。
……私のミスなのに、自分のミスだと庇ってくれる兄さんの優しさに泣きそうになった時だ。


『!』


響く振動。
振り返ればそこには新たなトリオン兵が。
お互い生身の状態で、相手に対する攻撃手段は……ない。

このまま2人一緒に……そう頭によぎった瞬間。


『!?』


突然突き飛ばされた身体。
それは兄さんによるもので。


『にいさ……っ!?』


無意識に兄さんの元へ手が伸びるも、その手は空を切った。
それを感じたときには、生温い何かが私の手に飛び散っていた。


『香薫!!』

『おせーよ……っ、まさっち!』


忍田さんがトリオン兵を斬った時には、兄さんの身体はその刃が貫通してしまっていた。そして……もう手遅れである事も。


『良かった……無事で』

『お願い、喋ったら……!』

『最期くらい、喋らせてくれよ』


涙でぼやける視界の中、赤く染まってしまった兄さんの手が伸びてきた。
自分の頬が血で汚れることなど気にならなかった。ただ現実を受け入れたくなくて、そのことで必死だった。


『嫌だ……ッ、嫌だ……!』

『最期まで怖い思いをさせることしかできなかった兄ちゃんで……ごめんな、名前』

『死なないで……っ、兄さんっ!!』


自分の頬を撫でる兄さんの手をギュッと握ったその時だった。


『え……っ?』


突如、兄さんの身体が輝きだした。
その輝きが収まった後、握っていた兄さんの手の感覚がなくなっていることに気づいた。思わず力を込めると、それは固めた砂を砕いたように砕けた。


『……ぁ、あぁ……!!』


目の前にいたはずの兄さんの身体は、辛うじてその形を保っていた。
しかし、数秒も経たないうちに塵の山となってしまい、その場に兄さんが着ていた服だけが残った。

ふと、頭に冷たい何かが当たった。
そう思った瞬間、バケツをひっくり返したような勢いで雨が降り出した。
目の前に積もった兄さんだった塵の山は、雨があっという間に溶かした。……その光景が、もう兄さんがいないという事実を突きつけた。


『……弱くて、ごめんなさい……ッ』


私があそこでヘマをしたから、こんな結末になってしまった。
私が兄さんに庇わせるような真似をしたから、兄さんは死んでしまった……!


『私が……っ、もっと強かったら……っ!』


今更悔やんでも、兄さんは戻ってこない。
いくら涙を流しても、兄さんはもうこの世にはいないんだ。


『……強くなろう。彼奴の為にも』


突然後ろから感じた温もり。
その温もりに私は手を添えた。

……泣き崩れる私を忍田さんは責めてくれなかった。
叱ってくれたほうが良かった。なのに忍田さんは私を慰めて、励まして……落ち着かせるように抱きしめてくれた。


優しくされていることに、自分の弱さを突きつけられているようで、後悔が自分を埋めていく。
その時、塵の山があった場所に何か落ちていることに気づいた。
兄さんが遺したものだろうか。そう思い、拾い上げてギュッと握りしめた。


___後にそれが、ブラックトリガーだと知る事になる。
そして、そのブラックトリガーに兄さんがいることも。



***



「……大丈夫。もう、あの時の私じゃない。兄さんに届いてなくても……あの頃より確実に強くなってる」


トリガーセットを持ち、トリガーを起動する。
姿見を見れば、トリオン体に換装した自分が映っていた。勿論、その片耳には兄さんもいる。


「見てて、兄さん。私、強くなったから」


兄さんにそう言葉を送り、私は部屋を出た。
目指すのは待機場所に指定されたとある部屋だ。





2022/3/6


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