玉狛の新人トリオ
side.三雲修
今ソファーに座って千佳と会話している女性……苗字先輩を遠くから見つめる。
初めてその名前を、その存在を知ったのは空閑のブラックトリガーの件の時だ。
迅さんが亡き師匠の形見であるブラックトリガー……風刃を本部に献上したことで、空閑はブラックトリガーを奪われることはなくなり、ボーダーにも正式に入隊できた。
だけどもし、空閑のブラックトリガー奪取が初めからあの人に任されていたら……いや、考える事は止めよう。その件は既に終わったことなんだから。
それに、迅さんにとってあの人は大切な人なんだと思う。
だって今もぼくの隣に座ってながらも苗字先輩の事を見つめている。
「名前ちゃんもね、千佳ちゃん程ではないけどトリオン量が多いんだ。だからシンパシー的なものを感じてるのかも」
「苗字先輩も近界民に襲われた経験があるんですか?」
「まぁ、トリオンが多いからトリオン兵がよく寄ってきてたね。でも、お兄さんの方が寄って集られていたかな」
「お兄さんがいるんですか?」
「正確には”いた”だね」
過去形。
それにした理由など一つしかない。
苗字先輩はブラックトリガー使いの証であるS級隊員だ。ブラックトリガーは優れたトリオン能力の持ち主が命とトリオンを注ぎ込むことで、自身の命と引き換えに作り上げたトリガーだ。
その性能は通常のトリガーとは一線を画しているが、誰にでも起動できるわけではない。ブラックトリガーは使い手を選ぶ性質がある。その性質は作成者の意識が色濃く反映されているため、相性の悪い人は起動する事ができない。
空閑のブラックトリガーは空閑の親父さんが作成者だ。それに、瀕死状態の空閑を助ける為にブラックトリガーになってと聞いているから、空閑が起動できるのは当然な話だ。
もし仮に苗字先輩のブラックトリガーが空閑と同じように身内が作成者だったとしよう。……迅さんが苗字先輩にお兄さんがいた、と過去形で言ったことと照らし合わせれば、あのブラックトリガーは……。
「苗字先輩が持つブラックトリガーは……その、苗字先輩のお兄さんですか」
「察しがいいね。正解」
迅さんによると、4年半前……第一次近界民侵攻の際に苗字先輩を庇う形で亡くなったそうだ。
当時のボーダーの中では誰もが1番強いと認めていた存在だったらしい。
「なんだか、千佳の境遇と似ている気がします」
「あ、実はおれもちょっと思ってたんだ」
千佳にも兄がいる。
ぼくの家庭教師だった人で、半年前に行方不明になった。
千佳が言うには、自分が相談した所為で近界民に攫われてしまったというが……真相は分からない。
でも、似ているだけで一緒ではない。
千佳のお兄さん……麟児さんはまだ生きている可能性がある。けど、苗字先輩のお兄さんはすでに亡くなってしまっている。
だが、2人の行動原力はどちらも『妹』である。そこだけは同じだろう。
「並の人よりトリオン量が多い所とか、兄妹であるとか……なんか運命的だなぁ」
「運命、なんですかね……?」
「まあそこまで言わずとも、ここまで似た境遇の人と出会う事なんて早々ないよ」
千佳はテレビで嵐山隊をよく見ていた。
特に当時、嵐山隊で唯一の女性戦闘員だった苗字先輩に興味を引かれていたらしい。どういう経緯で脱隊したかは聞かないほうがいいかもしれない。
「あの、苗字先輩のブラックトリガーもやっぱり強力な性能なんでしょうか」
もう終わったこととは言え、気になるものは気になる。
……聞いていて損はないと思う。
「んー、そうだねぇ。ま、変幻自在って感じかな」
「変幻自在?」
「そ。自らのトリオンで生成した黒い稲妻を変幻自在に操ることができるんだけど、それが汎用性が高くて高くて。戦ったことあるんだけど、完敗だったよ」
黒い稲妻を変幻自在に操る
言葉だけだとやっぱりイメージしにくい。
けど、実際に戦ったことがあるという迅さんが適わなかったということは、レプリカに聞いたブラックトリガーの例に漏れず強いんだろう。
「メガネくんたちは遠征目指してるだろ? 遠征部隊って、ブラックトリガーにどれだけ対抗できるかって所も選ばれる対象なんだよね」
「今日レプリカが言ってましたよね。ブラックトリガーは基本、自国の防衛に回されることが多いと」
「そ。だから遠征部隊選抜には対ブラックトリガー戦も視野にいれなきゃいけないわけ。そうなると……もう予想できない?」
迅さんの言葉にぼくは頭を働かせる。
ぼくたちは遠征部隊に選ばれるためにA級を目指している。そこはゴールではなく、最低ラインと思った方がいいのかもしれない。
仮にA級に上がって遠征部隊選抜の為の試験を受けることができたとしよう。当然、試験内容は分からないけど、迅さんが今言ったことを汲み取るなら……。
「ブラックトリガー使い……S級隊員との実践があるってことですか」
「正解。おれも名前ちゃんも試験官になったことあるよ」
「じゃあ、いずれ苗字先輩と戦う日が来るってことですね」
いまだに千佳と楽しそうに会話している苗字先輩からは、はっきり言ってS級隊員の雰囲気は感じ取れない。
でも、現攻撃主トップの太刀川さんとよく模擬戦をしているって話を聞いたから、実力はその人と近いことは間違いない。
そんな人がブラックトリガーを使った場合、どうなるのか……。
少しだけ興味を引かれた。
玉狛の新人トリオ END
2022/2/28
prev next
戻る