リーダーの時間



「体育祭の棒倒し?」

「そう。A組に勝ったら目を瞑ってくれんだとよ」


学秀が提示してきた条件。
それは、近々あるという校内イベント『体育祭』という催しの種目『棒倒し』でA組に勝つことだ。

現在、太陽が沈みかけている時間。
つまり放課後。

教室には男子が集まっていた。


「でもさ、俺ら元々ハブられてるから……棒倒しには参加しない予定じゃんか」

「第一、A組男子は28人、E組男子は15人。とても公平な戦いには思えないけどね」


『だから、君らが僕らに挑戦状を叩きつけた事にすればいい。それもまた、勇気ある行動として賞賛される』

あの日、帰り際に学秀が言った言葉だ。
条件を出して来たのは向こうだというのに。


「ケッ、俺らに赤っ恥かかせる魂胆が見え見えだぜ」

「どうすんだよ、受けなきゃ磯貝はまたペナルティだ。もう既にE組には落ちてるし、下手すりゃ退学処分もあり得るんじゃね?」

「……いや。やる必要はないよ、みんな」


周りがA組との勝負を受けるか受けないか意見を交わしている中、磯貝が口を開いた。
『勝負は挑まなくていい』と。


「浅野の事だから何されるか分かったもんじゃないし……。俺が蒔いた種だから、責任はすべて俺が持つ。あの事・・・も……何とか話して無しにしてもらうさ。退学上等! 暗殺なんて、学校の外からでも受けられるしな」

「「「い、イケ……イケてねーわ全然!!!」」」

「え、えぇッ!!?」


突如、クラス男子による磯貝への攻撃が始まった。
筆箱やら消しゴムやらくしゃくしゃに丸められた紙……つまりゴミやらが磯貝を襲う。


「なに自分に酔ってんだ、アホ毛貧乏!!」

「あ、アホ毛貧乏!?」

「難しく考えんなよ、磯貝。A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃ良いんだろ? 楽勝じゃんか!!」


前原はそう磯貝に声を掛けると、持っていた対触手用ナイフを机に思いっきり叩いた。


「そりゃそーだ。むしろバイトが奴らにバレてラッキーだったね」


刃先を天井へと立てられたナイフに、三村の手が添えられた。


「日頃の恨み、まとめて返すチャンスじゃねーか」


続いて寺坂がナイフに手を添えた。


「倒すどころか、へし折ってやろーぜ!」

「なぁイケメン!」

「……おまえら」


吉田、杉野……そのナイフにどんどん手が添えられていく。
それは彼に向けられる信頼の高さでもあった。


「……よし、やるか!」

「「「おーっ!!!」」」


まるで円陣を見ているようだ。
実際、円陣だったのかもしれないけど。

そう思いながら眺めていたときだ。


「……で、なんで苗字残ってんだ?」


こちらに顔を向けながら前原が僕に声を掛けた。
そう、僕はこの一部始終を自分の席でずっと見ていたのだ。


「なんだ、ダメなのか」

「いや、男子だけ残れって言ったんだけど……」

「僕は一言も女だと断言していないんだけど?」

「まさか、アレが付いてる可能性が……!?」

「あぁ、付いてるかもな」

「名前様が……男!!」

「ショック受けんな、岡島」

「てか苗字も下ネタに乗るな!?」

「僕は正直に答えただけだろ」


とまあ、茶番は置いておいて。


「僕がいたらまずい事でも? ないよねぇ? 何たって僕は棒倒しの話に至るまでの流れをこの目で見ていたんだから」

「へーへー分かった。で、なんでここに残ってるんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」


今この教室には僕と自立思考固定砲台(現在停止中)以外、女子生徒は存在しない。
何故ならHR終了後、前原が「男子は残ってくれ!!」と大声で呼び止めたからである。

……なのに僕がここにいる理由。それは……。


「……なんで」

「え?」

「なんで僕が戦利品なんだ!!」

「やっぱりそれか」


それは、磯貝のバイト先に行った日まで遡る……。


『E組が勝った場合、磯貝のバイトを見逃そう。それが君たちE組の報酬だ。だが、僕達A組に報酬があっていいだろう?』

『……分かった。何が望みだ?』

『A組が勝った場合。その時は……』

『ん?』

『苗字名前。彼女をA組に編入させる』


あの日、学秀が棒倒しでA組が勝った場合にある戦利品を要求してきた。
それが僕というわけだ。

……僕はてっきりE組の秘密(暗殺)について知りたいのだろう、と思っていたのに!!
どういうことなんだ!!
というより、僕を指で指すな、学秀め!!


「何それ聞いてない」

「だって今言ったし」

「じゃあ……負けられないね」

「「「カルマの目がガチだ……」」」


カルマのやる気はどうでも良いとして。


「おい男共。絶対に勝て」

「めっちゃ上から目線……」

「だって僕は出られないんだ。なのに戦利品だぞ? ただ結果が分かる時まで傍観しておくことしか出来ないなんて、屈辱だ……!」

「屈辱? どうして?」


僕の言葉に首を傾げた渚。
彼には純粋な疑問だと思う。

……だけど、僕にとってただ見ている事しかできないということは。


「自分で何もできないまま、目の前の物事が終わるまで傍観者で居続けなければならない。……そんなの、二度とごめんだ」


頭によぎった光景。
それは、あの人が連れて行かれる所を見る事しかできなかった僕の記憶。

力も能力もない。
だからそれをただ見る事しかできなかった。
……僕に力も能力もなかったから、あの人は……っ。


「苗字」

「! 磯貝」


俯いていると、誰かが僕の席までやってくる。
顔を上げれば、そこには磯貝がこちらを見下ろしていた。


「初めは話し合いでどうにかしようと思った。やっとクラスに馴染んできたお前を、俺のバイトが発覚しただけで巻き込まれて、A組に行かせるのはおかしい、って」

「磯貝……」

「だけど、それは止めだ。正々堂々戦って、お前がA組編入になるのを阻止する!」

「!」


僕に向けられたその笑みは、「任せてくれ」って言っている様に見えた。
……本当に裏表のない顔をする、磯貝は。


「だから、俺たちを信じてほしい」


差し伸べられた手。
それは磯貝の手だった。


「___絶対にA組に勝つから」


真剣な瞳。
磯貝は分かっているのだろうか。

これは僕のA組編入の阻止ではなく、自分の校則違反を帳消しにするものだと。
……あぁそうか。
彼は自分の事より相手のことを考える”お人好し”だものな。


「……分かった。期待しているからな」

「! ……あぁ!」


差し伸べられていた手に自分の手を重ね、そして握った。
その手は同い年のくせに大きくて……暖かかった。





2022/01/13


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