幼隼が炎隼となるまで



「アモン? 誰の事だ?」


キャンディスから告げられた内容。それは、誰かを指す名前であった。それについて問うたのはパイモンだ。

アモン……聞いた事の無い名前だ。元々ナマエはいろんな事に興味を引かれるやつだったが、大体は俺が知っていることだったから、どこでその名前を知ったのか気になってしまう。


「……俺も知らない」

「じゃあ、誰にも分からないのか?」

「いいえ、私は知っていますよ」

「本当かキャンディス!」


どうやらキャンディスにはアモンという名に覚えがあるという。ナマエとキャンディス……どう考えたって彼女達は初対面だ。なのに何故、アモンという存在を知る共通点がある?

その点については、キャンディスが知っていると言うアモンが誰なのか知ってからでも良いだろう。


「教えてくれ、アモンとは一体誰なんだ」


俺はキャンディスに問いかけた。
繋がるかどうか分からないとキャンディス自身も言っていたが、今のナマエについて分かる材料になるかもしれない。



「はい、セノさん。アモンというのは、かつて砂漠の地に降臨していた魔神の真名です。……キングデシェレトと言えば分かりますか?」



キャンディスが告げた言葉に、俺は一瞬だけ言葉を失った。何故なら、ナマエが言っていたアモンというのは、キングデシェレトの魔神名だったからだ。


「キングデシェレトの名前だって!? なんでナマエが魔神名なんて知ってるんだよ?」

「どこかで知る機会があった、くらいしか私には想像できないです。それについて、セノさんは何か知りませんか?」

「いいや、ナマエから一切聞いていない。だが、キングデシェレトという名前は知っていた。魔神名などそう簡単に知る機会はないだろうに、一体どこで……」

「キャンディスはなんで知ってたんだ?」


パイモンの言う通り、何故キャンディスはキングデシェレトの魔神名を知っていたのだろう?


「私は、亡き砂漠の神キングデシェレトの血を引く末裔。ですから、キングデシェレトについては詳しいと自負しています」

「なんだって!?」


なんと、キャンディスはキングデシェレトの末裔だった。それならば、キングデシェレトの魔神名を知っていてもおかしな事ではない。

……だが、ナマエがキングデシェレトの魔神名を知っている事に謎が増えてしまった。ナマエはキングデシェレトの血を持つ者ではないし、そもそも彼女はスメール人ではない。


「それだったらキャンディスが知っているのも納得だな! でも、どうしてナマエは知ってたんだろう?」

「あなた方の話では、彼女はスメール人ではないんですよね? セノさんの話では、キングデシェレトの魔神名を知っていることが謎だという事ですし……」

「ねぇ、セノ。気になっていたんだけど、ナマエさんはいつからスメールにいるの?」


ナマエについて謎が深まる中、俺に質問を投げたのは旅人だ。
そう言えば、ナマエがいつからスメールにいるかは伝えていなかったか。


「ナマエは俺が教令院の学生だった頃に留学してきたんだ。お前達はリサという女性を知っているか?」

「おう! モンドで沢山お世話になったよな!」

「ナマエはリサ先輩の推薦でスメールに来たんだ」


リサ先輩がモンドにいることは知っていたため、もしかしてと思い尋ねたが、やはり彼女とも交流していたらしい。
……今のナマエを知れば、リサ先輩も悲しむだろうな。実の妹のように可愛がっている、と本人が零していたくらいナマエを気に掛けていたんだから。


「そうだったのか……ナマエって想像していた以上にモンドでは顔が広いんだな」

「”あの人”の知人なんだ。顔は広い方なんじゃないかな」


あの人
……きっとナマエの家族を指しているんだろう。貴族出身と聞いているし、名も顔も広いんだろう。
不定期にだが、何度かモンド城へ訪れたことがある。その時はナマエについてあまり聞かなかったが……。まぁ、誰もが口に出しているわけではないんだし、偶然聞く事ができなかっただけだろう。

名を聞いても俺は顔を知らないんだ。もしナマエを連れてモンドに行く機会があれば、その時に家族へ挨拶に行くのも良いだろう。……も、勿論、職場の上司としてだ。叶うなら……という気持ちがあることは認めるが、それは今の状況をどうにかしなければ進まない話だ。


「あ、話が逸れちゃったな。旅人はナマエについて聞きたかったよな」

「うん。俺もナマエさんを知る知人から少ししか聞いていないのもあって、人物像を把握したいんだ。特に、仕事の時に雰囲気が変わるって話は知人からは聞かなかったから」

「それについては、彼奴がある事件と関わったからではないかと思っている」


俺も思考が少し……いや、かなり逸れていた。話を戻してくれて感謝しておこう。
それで、旅人が気になっているのはナマエの人物像か。良い機会だ、俺も振り返る気持ちで彼らに話そう。


「ナマエは俺がマハマトラに入った頃、とある事件に巻き込まれたんだ。……いや、正確には自分から踏み込んだ、が正しい」

「事件?」


その事件はマハマトラが関わるようなもの……教令院関係で起きたものだった。ナマエが関わっていたこともあり、個人的に強く記憶に残っている事件だ。

その事件は、ある研究で共に行動していた2人の学者の意見の食い違いによって起こった。その食い違いがヒートアップし、片方が犯罪に手を染めたのだ。自分の研究成果を我が物にすると同時に、自身が納得する研究成果にするため。

……その片方は、偶然の事故を装い、共同研究を行っていた相方の家に火を着けた。その犯行手口も自然に起きた様に見せており、初めは誰もが事故だと考えていた。


『以前、教令院でお二人の口喧嘩を聞いたことがあって。少しだけ気になっていたんです』


だが、ナマエの助言があったことで火災は事故ではなく、計画的な犯行によるものだったと分かったのだ。
……あぁ、これはナマエの雰囲気が変わったと気づいた内容ではない。これは切っ掛けに過ぎないし、まだ話には続きがある。なんだったら、ここからが本番だ。


『あの火災現場にいたのは偶然でしたし、まさか前に教令院で見かけた2人の1人が巻き込まれていたなんて、考えもしませんでしたから』


人間は生物学上、火を恐れない生き物の一種だ。だが、火というものは危険な存在である認識は誰もが持っている。

とある学者達の人間関係により起こった火災現場は多くの人がいた。中に取り残された人……即ち、被害に遭った学者がいることも、周りの人は分かっていた。
だから周りの人は助けを祈った。自らが助けに行くのではなく、他の誰かが助け出すことを。

人間の行動としては、よくあるものだろう。自ら危険に飛び込むなど、周りから見れば馬鹿げた行動だ。……だが、その馬鹿げた行動をやった者がいた。


『私は見ているだけなんて出来なかった。……過去にそれを体験して後悔しているから、私は見て見ぬ振りはしたくなかったんです』


その人物こそがナマエだった。
火災現場は後に消火されたのだが、家というには無理があるほどに燃えてしまっていた。それほどに当時家は燃えていたのだ。……そんな場所にナマエは迷わず飛び込んでいったという。

何がナマエを突き動かしたのか。彼女が言うには、過去の出来事が関係しているとのことだが、その詳細を俺はまだ知らない。


『危険な行動だったことは、セノ先輩にこっぴどく言われたので反省してます……。でも、私はあの時の自分の判断は間違ってなかったと堂々と言えます!』

『あの時何もできず見ているだけだったら、私は絶対に後悔していたと思うんです』


しかし、これは確かだ。
ナマエの判断と行動により、救われた人がいることは。

そして、ナマエの助言によってまた一つ、教令院の風紀は保たれた。当時俺はまだ大マハマトラではなかったが、ナマエの行動は正義と呼べるものだと俺は今でも思う。


……この一件が関係し、ナマエは卒業後マハマトラに入らないか、と推薦された。それについてナマエが在学中に相談を持ちかけられたのだ。


『マハマトラって学者の立場からはどんな存在なのかは分かっているんですが、いざ自分がその立場になるとイメージができなくて……マハマトラであるセノ先輩のお話を参考にしたいんです』

『まず、自分の気持ちはどうなのか、ですか? ……私の判断で誰かの力になれるのなら、私はマハマトラになりたいです。教令院の秩序を守る事が一番なのは分かっていますが、前のあの事件のようなこともあるのであれば、私は自分の判断力をマハマトラで使いたいです』


自分の気持ちを言えば、またナマエと一緒に過ごしたいからマハマトラに入ってほしい、というのがあった。その気持ちを必死に抑え、俺はナマエの意思を問うた。

その問いに対しナマエが返したのは、あの事件の事もあってか前向きにマハマトラになりたいと答えた。


『……自分の感情を抑え、物事を正しく判断する必要がある。また、武力行使を求められる場面も、ですか。……いいえ、大丈夫です。そこについては分かっていましたから』

『時には冷酷に、慈悲など掛けないように。……初めは慣れないかもしれませんが、頑張って自分に叩き込みます。武力については……多分大丈夫です』

『武器を握ってるイメージがない、ですか? セノ先輩には言っていなかったんですけど、モンドにいた時は西風騎士団に入ってたんですよ! まぁ、見習いだったんですけどね……正直、スメールに来てからは握っていないので自信はないんですが』

『え、セノ先輩が指導してくれるんですか!? そんな、在学中の時も沢山お世話になってたのに……遠慮しなくて良い? 分かりました、じゃあ頼っても良いですか?』


だから俺は、ナマエの決心を支えたいと思った。俺と話したことでナマエはマハマトラに入る事を決め、卒業後本当にマハマトラへやってきた。俺は自ら教育係になることを志願し、教育期間が終わった後もパートナーとして共に仕事をしていた。それは俺が大マハマトラなっても続いていた……教令院の一件が発覚する前まで。


「なんか、ますます旦那に似てるな!」

「うん。扱う元素も同じだし、ますます彼に似てる」


俺の話を聞いた後、旅人とパイモンはナマエの家族であろう人物について少し話していた。旦那……ナマエの父親なのだろう。扱う元素も同じとは。神の目に遺伝性はないが、親と似るのは興味深い話だ。


「だいぶ話が長くなってしまったな。今話した事件あたりから、俺はナマエの雰囲気が変わったと思ったんだ。良い意味で驚いた、と言えばいいか。この件が起きる前までは、ナマエは俺にとって可愛い後輩だったから、あんなにも行動力があるとは想像していなかったんだ」


そういえば、ナマエは俺よりも早く神の目を手に入れていたな。俺は大マハマトラに任命された頃に雷元素の神の目を手に入れた。……ナマエはいつ、あの炎元素の神の目を手に入れたのだろうか。

神の目については様々な考察がある。その中で俺が推している考察は「人生の最も険しい分岐点にて、その渇望が極致となれば神の視線は降りる」というものだ。少なくとも、俺が教令院に在学している時はナマエの手に神の目はなかった。そして、ナマエはスメールへ留学してから一度も他の国へ行っていないという。つまり、帰省もしていない、ということだ。

なので、神の目を手に入れたのはスメールにいるときである可能性が非常に高い。そのタイミングがどこだったのかまでは分からない。だが、ナマエが神の目を持っていることを知ってから、やっと彼女の雰囲気が変わったと認識できたんだ。もしや、あの事件がきっかけで……?


「この話はどうだったか、旅人」

「ありがとう。セノが知っているナマエさんについての話が、今のナマエさんに繋がらないかなって思って聞いたんだ」

「俺としてはつながりが見えないが……どこかで判断材料になると嬉しい」


仕事モードのナマエは冷酷さを表に出す。それは自分の本心を必死に押さえ込んだことによって形成された……言ってしまえば、見栄を張っているだけだ。

それがナマエの中では仕事モードという形に収まっているだけなのだ。……実際、任務をしている中で何度も彼女は心を押しつぶされている。影で静かに涙をこぼすナマエを何度目撃したか。

だから、簡単に人へ剣先を向けた先程の彼女は、俺の知るナマエではないと思ったんだ。


「貴方から聞いたナマエさんの人物像は、やはり私達が接触したナマエさんとは明らかに違うようですね」

「ますます操られている説が強くなったな……でも、アーカーシャにそんな機能あるのか? ナヒーダに聞く事ができたらすぐにでも分かったのに……」


草神であれば、今のナマエについて分かるのだろうか。
……全てにおいて、タイミングが悪い。


「確か、草神はスラサタンナ聖処に幽閉されているという話だったな」

「おう」

「……そして、お前達は草神の話を聞いて砂漠へやってきた。スメールの神が言うんだ、何かしら砂漠に手がかりがあるんだろう。その中でナマエに関するものがあればいいが……」

「ナヒーダを助けられたら、何か解決策が見つかるかもしれない」


はっきりと言い切った旅人の表情は、真剣そのものだった。
……俺は今の草神について詳しくない。情けない話だ。

直接対面した彼の言葉を信じよう。……草神救出、前向きに考えても良いだろう。


「分かった。お前達の言葉を信じて、草神の救出を前向きに考えるよ」

「ありがとう、セノ」

「本当はナマエを助けたいんだろ……?」

「本心はそうだ。だが、お前達が言った草神がナマエを救う手立てになるのなら、喜んで手を貸そう」


すっかりナマエの件で話が盛り上がってしまった。本来の目的であったイザークの話に戻らなければ。ナマエの襲来でアアル村は混乱に陥っていたが、だいぶ時間も経っている。


「さて、本来の目的だったイザークの件について戻ろう。グラマパラが草神と関わっている可能性が高いのは間違いないんだろう?」

「オイラ達はそう見ているぞ」

「いいんだな、キャンディス」

「はい、イザークを宜しくお願いします」


改めてキャンディスに確認を取り、了承を得る。その後、俺たちはイザークを探しに足を進めるのだった。



***



暗闇
辺り一面に広がる暗闇

……そこに、1つの小さな炎があった。


「___あぁ、可哀想に」

「守る為にと君を閉じ込めたことが、却って苦しめていることにあの神は気づいていない」

「大丈夫。僕を信じてくれるなら、僕は君を守り、君に力を与え続けよう」


その炎に近づく1つの雷。
雷は炎の頬に優しく手を添えた。その顔は慈愛が感じ取れる表情を浮べていた。



「だから、僕に従え___僕の賢者」



雷が告げた言葉に、炎が頷いた。その様子を見届けた雷の口元には怪しい笑みが浮んでいた。
その瞬間、炎は狂ったように燃え上がった。暗闇の中で燃えるそれは、一際不気味に見えた。






2024/01/06


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