プロローグ:偶発的グレイシャル



昔話をしよう。これはボクがモンドへ訪れるずっと前……師匠と旅をしていた頃の話だ。

その日はとある遺跡を訪れていた。周りにはカーンルイア兵器である耕運機……周りがいう遺跡守衛が停止した状態でちらほらと存在していた。

天気は快晴。変哲もない、普通の日だった。……彼女と出会うまでは。


『こんなところで人に会うなんてビックリ! ねぇ、何しに来たの?』


彼女は警戒心が全くないと言った様子でボクに話しかけた。その本人は高い場所からボクを見下ろしていて、目が合うと降りてきた。


『アタシ、ナマエ! あなたの名前は?』


警戒心0です、と言った笑顔をボクに見せてくれた少女。どこか遺跡守衛を彷彿させる身なりの女性、それがナマエとの出会いだった。

だが、それだけだったらボクの記憶にこれ程残っていない。何故なら彼女は……


『アルベド……へぇ、あなたアルベドって言うんだ! ところでアルベド、あなた本当に人間?』


ボクが人間ではないことを初見で見破ったのだから。流石にホムンクルスだということには気づかなかったみたいだけど、それでもボクが人間ではないことに気づいた。


『どうしてそう思ったのかって? ……うーんと、それはね……アタシと似てる・・・気がしたからだよ』


その日から遺跡で調査する間、ボクは師匠と別行動している合間にナマエと過ごすことがあった。どうやらナマエはこの遺跡に住んでいるらしい。

この辺りは食料という食料はないだろうに、住んでいると発言した彼女は、本当に人間では無いのだろう。外見で言えば、僕より身長が低いため、年下のように見えるのに、どうやら違うようで。


『アタシ、これでも長生きなんだよ! へへん、驚いた?』


見た目と雰囲気ではまず思わないだろう。一体、彼女はどれほどの年月を生きてきたというのだろう?


『アタシ、ここでずっと1人なんだ。だから久しぶりのお客さんに舞い上がってるの! まぁ、調査が終わったらアルベドはいなくなっちゃうんだけどさ』


明るい振る舞いの奥に隠れた寂しさ。彼女はボクとの会話が楽しくて、そしていつか訪れる別れに寂しさを覚えていた。


『アルベドは、その師匠さんと一緒なんだよね? 良かった、独りじゃなくて』

『なんで良かった、なのかって? ……長生きしてるからこそ思うんだ。独りってつまらなくて、ただ寂しさが蓄積されていく。誰かと一緒に楽しいことを共有できることが、本当に素晴らしい事なんだって感じるんだ』


当時のボクには、彼女の言う“寂しさ“が分からなかった。だからボクは、寂しいと言った彼女に問いかけた。


……だったら共に旅をしないかい?

ここで1人いるよりも、どこかへ行けばいい。未知の世界を求めて旅をすればいい。


だから彼女を誘った。それは裏表のない本心であり、ボクの興味を引く存在だった彼女をより知りたいと思ったからこその言葉だった。


『……嬉しい、ありがとうアルベド。だけどアタシ、ここから離れられないんだ』


言われてみれば彼女とはいつもこの遺跡で別れる。食事は不要だと言っていた彼女を師匠の元へ連れて共に食事はどうかと誘った時も、それとなくで断られた。

……そういえばまだ、彼女に聞いていなかった。どうしてボクが自身と似ている存在だって思ったのかを。



『いつかちゃんと話すから。それまで待っててくれないかな。……自分について話すの、久しぶりだから緊張しちゃって』



知りたいと思ったことはきちんと正しく理解したい。だから彼女の覚悟が定まるまで待つことにした……待って、いたんだ。



『………ナマエ?』



いつも通り彼女がいる場所へ踏み入れた。いつもなら向こうが先にボクを見つけて名前を呼んでくるのに、それがなかった。

たまたま気づかなかっただけではないか?
……もちろん、そう考えた。だが、いくら待っても彼女の気配を感じなかった。

……その日から遺跡を離れる日までナマエの姿を見ることはなかった。まるで初めからナマエなど存在しなかった、というように遺跡は静まりかえっていた。


『ナマエ……耕運機に似た身なりの少女か』


あの遺跡を経ってしばらく。ボクは師匠にナマエについて尋ねてみた。彼女の身なりはもちろん、外見的特徴……髪の色はプラチナブロンドと呼ばれるもので、瞳の色は澄んだ水色だったことを伝えた。


『もしかすると、例の成功体かもしれないな』


成功体……?
ボクは師匠に問いかけた。師匠はしばらく考え込んだ後、知っていることを答えてくれた。……その話は、本来であればナマエ本人から聞けるはずだった内容だった。


『彼女、ナマエは人間を後天的に兵器にする実験の唯一の“成功体“だろう。よもや、まだ壊れてなかったとはな』


人間を、兵器に……戦う道具として改造する。その実験の唯一の成功体が、彼女だと言うのか。
つまり彼女は、元は純粋な人間で、外的要因によって人間の理から外れてしまった改造人間であり、被害者というわけだ。


『……寂しい』


そうか。彼女の言う寂しいと言うのは、周りから人がいなくなること。それを指していたのではないだろうか。


『分野は違うが、彼女の存在は興味がある。もっと早くに言ってくれれば良かったのに』


ボクは師匠の言葉にこう返した。何度も会わせようとした、と。それでも彼女は離れられないからと断り続けたと。


『ふむ……なるほど。それでも彼女は遺跡から跡形もなく姿を消した。であれば考えられるのは、まだ彼女を支配する“マスター“が存在するということだ』


遺跡守衛にはマスターと呼ばれる存在が必要だ。彼らは機械であるため、行動するためのコマンドを指示する存在が必要だ。

ナマエは遺跡守衛と同等の存在である。
ボクと話すナマエからはそんな雰囲気を感じなかったのに、所々にあった彼女の発言の思い返すと、そう思わざるを得なかった。

遺跡を離れることができないのも、突然姿を消したのも、彼女にマスターという存在がいる証拠にしかならなかった。


『しかし、聞いた話だと他の耕運機と同じく命令しか聞かない機械同様だったはず……アルベド、本当に彼女と会話したのか?』


命令しか聞かない?
ボクには普通の人間と会話しているようにしか感じなかった。
だから師匠の発言がどうしても引っかかっていた。


『どちらにせよ、そのナマエとやらはマスターの指示で戦場に送り込まれたんだろう。私の記憶通りであれば、彼女のマスターは私の知る人物だ。あの男は特に忠誠心が強かったからな、今でもその復讐心を抱えているんだろう』


師匠の言うナマエのマスターであろう人物。その人物はカーンルイアに対する忠誠心が強く、国を滅ぼした七神に憎しみと復讐心を抱いているそうだ。
……彼女は、そんな男の道具になっているのか。あんなにも楽しそうな笑顔を浮かべていたというのに。


『……アルベド、彼女に情を感じているのか』

『分からない。この気持ちが何なのかを』


今でも考えている。師匠から伝えられたナマエの真実を聞いて、ボクが抱いたこの気持ちは何なのかと。

それからボクは遺跡を巡る度に彼女の影を探した。……だが、ボクが師匠と別れ、アリスさんとクレーと出会い、そしてモンドを訪れ西風騎士団に所属するまで、その姿は確認できなかった。


『うん? ……遺跡守衛が埋もれているのかな』


ある日、ボクはいつものようにドラゴンスパインを訪れ調査を行っていた。その日はいつもは通らないルートを選んでいたため、ちらほらと見かける停止した遺跡守衛を流し見ていた。

そこで端の方で何かが埋もれていることに気づく。遺跡守衛の部品にしては小ぶりで、少しだけ興味の引かれたボクは掘り起こしてみることにした。


『……! キミ、は』


掘り起こしてしばらく。埋まっているものが少しずつ見えてきた時だ……その埋まっているものが、ボクの記憶の片隅にずっと存在していた人物、ナマエであると気づいたのは。

なんとか彼女の身体を掘り起こし、拠点まで抱えて向かう。ドラゴンスパインがあまり人の寄り付かない場所で良かった。それに今日は、ボク1人しかいないから、彼女を連れてきても怪しまれない。


『……冷たい』


拠点に連れて帰り、自分の寝床に横たえさせる。暖かい場所だというのに、一向に彼女から温もりを感じない。

……これは雪に埋もれていたからとは説明できない。そもそも彼女には体温が存在しない・・・・・のではないだろうか。

何故なら、彼女は後天的に機械となった改造人間。同時に体温を失ってしまったのではなかろうか。


『……ナマエ』


彼女の名前を呼ぶ。しかし、彼女は目を開けない。僕の目と似た色である澄んだ水色の瞳を見せてくれない。

……彼女はドラゴンスパインで停止してしまった遺跡守衛と同じで、停止してしまったのだろうか。……手遅れ、なのだろうか。そう思った時だった。


『…………ア、ル……ベト』


少しだけ開いた双眸。その瞳はいわゆるオッドアイになっており、遺跡守衛の色を彷彿させる黄色の瞳と、ボクの知る彼女の水色の瞳がこちらを見上げていた。

抑揚はなく、そしてどこか機械が話しているような声が紡いだ言葉は、ボクの勘違いでなければ……ボクの名前を呼んだ?


『ナマエ、ボクが分かるのかい?』


咄嗟に彼女へ声をかけた。しかし、その時には既に瞳は閉じられており、声を発していたことが嘘だったように口は閉じられていた。

あれが最期だったというのか?
……いや、考え方を変えよう。彼女を人間としてではなく、機械として見るんだ。

人間は1度事切れたらそこで終わりだ。ただし機械は、壊れていなければエネルギーを供給することで再び動けるようになる。もし、彼女が先程動いたことが、僅かに動力源が残っていたからとすれば……。


『新たな発見、未知の解明。……望むところさ』


彼女を生き返らせる。普通の人間であれば、それは不可能だ。ただし彼女は純粋な人間ではない。彼女が再び起動するための動力源を見つければ、あの時のようにまた……。

ボクは知らないことを見つけ、理解することが日常なんだ。見つけてみせるさ……それも、彼女のことであるなら尚更。


あの後、ボクはドラゴンスパイン内でもう1つ拠点を作った。そこは既存の拠点から離れており、かつ人の目に入らないであろう場所だ。

ここは自分だけが知る場所。誰にも立ち寄らせはしない。……彼女の存在は大っぴらにはできないから。



「ナマエ、おはよう」



今日もまたボクは解明を進める。彼女が再び起動する方法を。……もう一度、キミと話がしたいんだ。






2023/06/10


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