番外編:甘く爽やかな味に酔う


※以下番外編の続きですが、そんなに重要ではないです
 L猫とお酒
※蒲公英酒について捏造あり



「ねぇアルベド! エンジェルズシェアって知ってる!?」



唐突に聞かれた内容にボクは察しがついてしまった。
……またお酒に挑戦したいって話だろう。だが、提示してきた店が良くなかった。


「ああ知ってるよ。何せ、モンド城では1、2を争うほどに人気な酒場だからね」


エンジェルズシェア。
アカツキワイナリーというモンドでは主要なワイナリーに1つであり、蒲公英酒を専門に製造している。
と言うのもあり、エンジェルズシェアに来る人の大抵は蒲公英酒が目的だったりする。


「一応聞くけど、何しに行くの?」

「蒲公英酒っていうお酒が美味しいって聞いたから、飲んでみたくて!」


……今さっき思い浮かべていたお酒の名前が出て来るなんて。まぁ、エンジェルズシェアといえば蒲公英酒みたいなところはあるし、驚くようなことではない。

だけど……。


「ナマエにはまだ蒲公英酒は早いかな」


流石に蒲公英酒は飲ませられない。
理由としてだが、実はまだナマエの身体はお酒に慣れきっていない。

前回、キャッツテールでお酒を初めて飲んだナマエ。本人は平気そうだったけど、実は裏でキィがかなり苦労していたらしい。


あれ以降は嗜む程度でナマエと一緒にお酒を飲んだりしていた。これはキィの希望もあって無理には止めなくてよいと言われている。
その理由だけど、キィが何としてでも失われた機能……普通の人間ならば存在する臓器が行う役割を果たせるようになりたいのだとか。

初めて会った時からだいぶキィは変わった。自分を受け入れてくれたナマエの力になりたいという気持ちが伝わってくる。


だが、いくら万能として作られた機械だとしても、やれることには限界がある。キィはまだ限界だと思っていないようだが、あの子に与えられた事前知識がどこまでインプットされているのか、ボクは把握できていない。

あらゆるものは無限ではない。有限であることは多い。
つまり、いずれはキィだけではカバーできない部分が出てくるってことだ。


……とまあ長く話してしまったけど、お酒関係についてはキィから問題ないと言われている。なので、先ほどまでの話はいったんは気にしなくていいだろう。ただ、その可能性はある、ということだけは頭の片隅に置いておかなくては。


「えぇっ、なんで!!?」

「確かに蒲公英酒を好んで飲む人は多い。実際、騎士団にも多くいるしね」

「ガイアさんが美味しいから飲んでみてって言ってて、それで飲んでみたかったんだけど……」


いつの間にガイアと接触していたんだ、君は。
まぁ、一応モンドに滞在することを認めてくれてはいるけど、隙あらばナマエに手をかける可能性のある人物だ。キィがいるから大丈夫だとは思うけど、なるべく近づかないでほしいところだ。友人が欲しいナマエには酷な話だけれどね。

というより、怖い思いをしたことをナマエは忘れているのではないか?
いや、そんなことはないはず……前に忘れることができないって言ってたし。はぁ、もう少し警戒心を持ってほしいよ……。


「それにそれに、ロサリアさんも言ってたよ!」


だからなんで君は、怖い思いをした存在に警戒を緩めているんだ……。
許してもらえたからもう大丈夫、の精神なんじゃないだろうね……?


「美味しいからこそダメなんだよ」

「え?」

「お酒って飲みすぎると病気になることがあるって前に話しただろう?」

「うん、覚えてる」

「それに少し絡む話だけど……ナマエ。君には人間なら持っている機能がほとんどない。その空白の部分を埋めているのがキィだ。ナマエも知ってるだろ、まだキィがその空白の部分を担うことに適用しきれていないことを」


ナマエは食事が好きだ。
身体が弱かったこともあったからなのか、好きなものを自由に食べる・飲むことを毎回楽しみにている。

それと同時に、誰かと食事を共に過ごすことを楽しんでいる。その楽しさがお酒によって促進されてしまったら?


「……まあでも、お酒の飲みすぎについて学ぶにはいい機会か」


ボクは好んでお酒を飲む方ではないから、エンジェルズシェアにはそんなに行かないんだけど、飲めないわけじゃない。
ナマエの介抱役として行くのもいいか。今日と明日は丁度休みだしね。


「ナマエ」

「……なに」


完全に拗ねているナマエに声をかける。ボクの声に拗ねてます、と言った声で返事をしたナマエは、左右非対称の瞳をこちらに向けた。


「そんなに落ち込まないで。飲んでみたいんだろう?」

「でもアルベドダメってさっき言った」

「1人では行かせられないって話さ。今から行きたいなら連れていくけど」

「行く!」


機嫌が直るのが早すぎる……。だから子供と勘違いされるんだよ、ナマエ。
内心呆れつつも、最近自覚した彼女への気持ちが働いて許してしまう。

……恋って言うのは難しく、複雑なものだね。



***



「おや、珍しい。ディルックさんがバーテンダーとして立ってるなんて」


場所はエンジェルズシェア。
見慣れた扉を開け、中に踏み入れば目の前に見えたのは、いつものバーテンダーではなく、珍しい人物が立っていた。


「おや、アルベドさんじゃないか。君こそここに来るなんて珍しいね」



そこにいたのは、アカツキワイナリーのオーナーであるディルックさんがいた。ボクの声に反応したのか、グラスから目線をこちらにあげた。


「……それで、そちらのお嬢さんは?」


次に彼が目線を移したのは、当然ナマエだ。
なにせ彼はナマエを見たことないだろうからね。



「アルベド、知り合い?」

「モンドでは知らない人の方が珍しい人だよ。名前はディルックさん」

「初めまして、ディルックさん! アタシはナマエと言います!」

「こちらこそ初めまして、ナマエさん。改めて、僕はディルックだ」


互いに簡単な自己紹介をしていたところ、ディルックさんがとある発言をナマエへと向けた。



「普段はバーテンダーとしては立たないんだけど、今日はちょっとした諸事情でやってるんだ。見たところ、君は未成年のように見えるけれど……」



……それは彼女の見た目だ。
キィによれば、ナマエは15歳から体の成長が止まっているとのこと。だから精神もそのあたりで止まっている……と言いたいけれど、長年生きている故の年長者らしい姿も見せることもある。

っと、話が逸れた。
ディルックさん。最近のナマエを見て分かったんだけど、ナマエに見た目の話はタブーだ。



「っ〜〜、アタシは! お酒が飲める年齢なの!!」



案の定、ナマエはディルックさんに抗議した。
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、ディルックさんは赤い瞳を丸くしている。


「今日は蒲公英酒を飲みに来たの!! ……あわよくば、午後の死も飲んでみたいけど」


ナマエ?
午後の死については何も聞いていないんだけど?


「それはすまなかった……。ちなみに、何故飲みたいと?」

「えっと、知ってるか分からないですけど、ガイアさんとロサリアさんって方に教えてもらって」

「はぁ……どちらもうちの客だな」


額に手を置き、ため息をつくディルックさん。
知り合いの名前……特にガイアの名前を聞いて呆れているんだろう。彼らは義理の兄弟だと聞いているからね。

関係性がどうなっているかは知らないけれど。この点はプライベートな部分だからね。


「アルベドさん、彼女は本当に成人しているんだね?」

「ああ。幼いように見えるけれど、ちゃんと成人している。年はボクとそう変わらないよ」

「なるほど。君がそう言うなら信じよう。では、蒲公英酒と午後の死、どちらがお望みかな?」


ディルックさんも大丈夫だと判断したようで、ナマエに飲みたいお酒を尋ねた。


「それならもう決まってるよ! 蒲公英酒と…」

「蒲公英酒2つで。ナマエ、そういう約束だろう」

「ぶー、いいじゃんか!」

「ふふっ、注文を承ったよ」


ボクに文句を言うナマエに無視を決め込み、ディルックさんがお酒を作る様子を眺める。
食べ物・飲み物も化学から生まれたようなものだ。別物を合わせたことで1つの料理ができる。改めて考えると、料理というのも面白いものだ。

そんなことを考えながら、たまにナマエの方を確認して、またディルックさんの方に視線を向けて、を繰り返す。
ちなみにナマエはボクへの文句はなくなったのか、ボクが無視し続けたせいか定かではないけど、吟遊詩人の詩を聞いていた。



「お待たせしました。注文した蒲公英酒だ」



数分後、ディルックさんが2つの蒲公英酒を差し出した。
それはボクたちが注文した蒲公英酒だった。


「わあぁ、いい匂い……! いただきます! ……ん〜! 甘くて美味しいね!」


ナマエは早速蒲公英酒を口に入れると、顔を緩ませながら美味しそうに飲んだ。どうやら気に入ったらしい。
それを見届けた後、ボクも蒲公英酒を口に含む。……うん、前に飲んだ味と同じだ。


「気に入っていただけて良かったよ」

「ディルックさん、お代わり!」

「ナマエ、一杯だけだよ」

「えぇっ、まだ飲みたい!!」


おかわりをご所望なナマエには悪いけど、1杯だけの予定だ。今日のキィの状況を見てからじゃないと、同じお酒を何杯も飲ませられない。


「じゃあ俺が奢ってやるよ!」

「え、いいの!?」

「お嬢ちゃんの飲みっぷりが気持ちよくてな!」


……と思っていると、外野から声が。
そうなると話が違ってくる。人に奢ってもらうっていうのは勿論だけど、何よりも……他人から与えられたもので喜ぶナマエを想像したら苛立ちが湧いてくるからだ。


「いや、ボクが出すから、君たちは出さないでくれ。ナマエ、もう1杯だけだよ」

「もう1杯だけかぁ……分かったよぉ」


若干下が回っていないような気がするけど、まあボクが連れて帰ることは確定しているし、いいか。

……そう思っていたんだけど。



「はへぇ、まだ飲みたいよぉ……」



目の前には顔を赤くし、腕を枕にカウンターへ伏せるナマエがいる。……つまり、お酒に酔っているってことなんだけど。
今までナマエが酔っぱらったところを見なかったから、おそらく酔わないんだろうと思っていたんだけど……半分人間ではあるからなのか、ちゃんとお酒に酔うらしい。


「ねぇ、アルベド……」


いつもより熱があり、どこか色っぽさを含むナマエの声が、ボクの耳に届く。腕を触られた感覚がし、視線を落とせばそこには上目づかいでボクを見るナマエが。


「もう一杯、ダメ……?」


酒に酔うと普段と変わってしまう人がいるらしい。
よくある例として、泣き出す人や笑いだす人……そして、目の前にいるナマエのように甘えん坊になる人。
どうやらナマエはよくある例の1つに該当するようだ。


「ねぇアルベド、お願い……」


何故そんなことを思い出したのかと言うと、今目の前にある光景から意識を反らしたかったからだ。
……今、冷静な顔を保てているか分からないくらい、気が緩みそうになっているんだ。



「うううぅ〜〜〜〜っ」



おねだりのつもりか、ボクの腕にしがみついて頭をぐりぐりと押し付けてくるナマエ。
……正直に言って、可愛いと思ってしまった。
いや、酔ってるからとかそういうのではないんだ。割と普段からそう思っている。ただそれが今の状況だと簡単に出てしまいそうってだけだ。

……もしかしたら、ボクも酔っているのかもしれない。


「すまない、ディルックさん。この通りナマエはもう飲めなさそうだからこれで失礼するよ」


ボクは必要な分だけモラを取り出し、ディルックさんに渡す。ディルックさんがそれを受け取ったことを確認したボクは、眠そうなナマエに背中へ乗るように言う。


「わあぁっ、高い高い!」

「うん、高いね。ほら、帰るよ」

「はあーい!」


まるでクレーをおんぶしている気分だ。けど、その重さも愛おしさも違う。ちなみに重いというのはそのままの意味でとらえないでほしい。彼女は自分が機械化したことで体重を少し気にしているからね。ま、彼女が気にするほど重いとは思わないけれど。


「また飲みたいと言うなら連れてきていいよ。あんなに喜んでくれるなら、作り甲斐がある」


ナマエが背中に乗ったことを確認したボクは、出口へと歩こうとした。だが、ディルックさんに話しかけられたため、それは叶わなかった。

……まぁ、無視する理由もないし、こう返しておこう。


「ナマエが望むならね」

「ふふっ、意外だよ。何事も冷静であるアルベドさんが、そんなにも感情的になってるなんてね」                                                                                                                                                                                                                                                                                                        


振り返れば、なぜか優しい眼差しで見られているボク。
その笑みは何かな、ディルックさん。


「どういう意味かな」

「よほど大切なんだね、彼女のこと」


……やはり酔ってるのかもしれない。
いつもの冷静さを保てていなかったようだ。


「ところで、アルベドさんと彼女の関係は?」

「……いずれは男女の仲にしたいと思ってるよ」


思わず本音が出たのも……きっと、酔っていたからだ。





2024/04/30


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