番外編:逃げる太陽と改造人間



「うわ〜〜〜ん、アルベドお兄ちゃ〜〜〜ん!!」


それは突然だった。
ドラゴンスパインに響いた泣き声。……その泣き声は、ものすごく聞き覚えのある声だった。


「え? お兄ちゃん?」

「あっ、いたアルベドお兄ちゃん!!」


ナマエの疑問の声が聞こえると同時に見えた、その姿。赤い衣装を纏った妹のような存在である少女が、ボクに飛びついてきた。


「こらクレー、作業中だよ」

「うぅっ、だってぇ……」


1度手を止め、腰辺りに腕を回す張本人、クレーを見る。こちらを見上げる妹の瞳には、涙が溜まっている。
……また、騎士団にとって厄介ごととなり得る何かを起こしたのかな。


「……あれ? 知らないお姉ちゃんがいる!」


なんて思っていたが、傍にいたナマエに気づいたクレーは涙をすぐに引っ込めて彼女に近付いた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんはだあれ? アルベドお兄ちゃんのお友達!?」

「え、えっと、その……」


珍しい。いつも元気で押してくるナマエがクレーの勢いに押されている。なるほど、クレーの方が上だったということかな。


「彼女は古い友人なんだ。つい最近、再会したばかりでね」

「やっぱりお友達なんだ! お姉ちゃん、お名前は何て言うの?」

「こういうときは自分から名乗るのがマナーだよ」

「分かった!」


クレーはボクの言葉を聞き、改めてナマエに向き合った。


「西風騎士団の火花騎士、クレーだよ! お姉ちゃんは?」

「アタシはナマエ。さっきもアルベドが言ってたけど、昔からの友達なんだ。クレーちゃんは、アルベドの妹なの?」


クレーの目線に合わせるようにナマエは屈む。その様子に、きっとナマエは子供との関わり方に慣れているのだろうか?

ナマエの人間関係をまだ把握できていないどころか、過去についてもまだよく分かっていないので、クレーのような小さな子とはどのように関わるのか興味があったんだ。


……なんて考えていた時、ナマエからそう問い掛けがあった。クレーはボクの妹なのかと。
まあ、聞かれて当然だね。ボクがナマエの人間関係を知らないように、ナマエもボクの人間関係を知らないだろう。それはお互い、その点について多く語っていないからだ。


「いいや、違うよ。ナマエ、ボクの師匠のこと覚えているかな?」

「うん、覚えてるよ。確か……レインドットさん、だよね」


師匠、レインドット。
彼女はカーンルイアの人間だ。そして、ナマエもカーンルイアの人間。だが、二人に接点はなかったようだ。師匠は一方的に知っていたようだけど、ナマエは名前を教えた際、知らない反応を見せた。

この情報から考えられるのは、ナマエは本当に限られた範囲でしか行動を許されなかったのではないか、と言うもの。そして、ナマエの存在は、カーンルイアでは有名だったのではないか、というものだ。


「うん、合っているよ。師匠とクレーの母親が友人でね、その縁で出会ったんだ。だから妹ではない。……と言うより、君はボクに関する”アレ”を知っているだろう?」


ボクがナマエに伝えた”アレ”というのは、ボクが真っ当な人間ではないこと……作られた存在、ホムンクルスであることをナマエは知っている。だから、ボクに妹という存在はいないことを自然と分かるはずなのだ。

……まぁ、妹のような存在であることは間違いないんだけれどね。


「そうだけど……ほら、妹が生まれたのかな、って思って」

「……まぁ、君がどう思っていたのかは何となく理解は出来た。けど、クレーは妹のような存在ではあるけど、親は別だよ」


あの一件……ナマエと、ナマエを改造人間へと作り替えた例の魔物との件の後、ボクはナマエにレインドットによって作られた存在である事を伝えた。

だから、親が違うと言えば、ナマエは理解できる。本当の妹ではないことをね。


「そうなんだ〜。でも、本当の兄妹みたいで微笑ましいなぁ」

「それでクレー、どうしてドラゴンスパインに来たんだい?」


ナマエにクレーとの関係を理解して貰えたところで、何故ここにクレーがいるのか、という話に戻った。こちらが本題だからね。


「あっ、その……ドドコがいなくなっちゃって」

「ドドコ?」

「ドドコはクレーの昔からのお友達なの。だけど、いつの間にかいなくなっちゃって……っ」


今にも泣き出しそうなクレー。確かにリュックにいつも着いている人形、ドドコの姿が見えない。これだけの説明では流石に分からないため、ナマエの耳に口元を寄せ、小さく説明することに。


「ドドコはクレーが身に付けているリュックに着いている人形のことなんだ。見た目は白色の小動物のイメージを持ってくれれば良いよ」

「え、人形?」

「しーっ。クレーはドドコを人形って言われたくないんだ」

「わ、分かった」


ボクとクレーを交互に見つめながらも話を聞いてくれているナマエ。どうやら涙を溜めたクレーが気になって仕方ないらしい。
……ドドコがいなくなって不安な気持ちを抱えているクレーには悪いけど、もう少し待ってほしい。ナマエにはドドコの説明が必要だ。

……そして。


「クレー。それだけじゃ何処を探せば良いか分からない。どこまでドドコと一緒だったか教えてくれるかい?」


クレー自身がドドコがいたと認識出来ていた場所を知らなければ。でないと、この広いドラゴンスパインを歩き回ることになるからね。

クレーの目線に合わせて屈み、ボクはクレーとどこまで一緒だったかを尋ねた。隣にいたナマエもボクの動きにつられるように、クレーの目線に合わせて屈んだ。


「……うんっ、分かった! こっちだよ!」

「すまないナマエ、手伝って貰っても良いかな」

「勿論だよ! 大切な友達がいないんだもの、探さなくちゃ!」


そう言ってクレーは拠点を出て行った。
隣にいたナマエにドドコ探しに協力してくれないかと尋ねれば、肯定の返事が返ってきた。



「ありがとう。さ、クレーを追いかけよう」



***




「ここまでは一緒だったの……」


クレーの背中を追いかけること数分。着いた場所は限りなくドラゴンスパインの入り口に近い場所だ。
……人の気配はない。クレーはナマエをボクの友人だと認識してくれているから、怪しい人という括りから除外されているはずだ。

しかし、後でナマエについて話さないように口止めしておかなければ……。ナマエはまだモンド城へ入れる手続きができていないのだ。


その理由は単にナマエの見た目についても含めるが、彼女の中にいるもう一人の彼女……造られた人格について、まだ納得のいく調査ができていないからだ。

けど、そろそろナマエもドラゴンスパインに飽きてきているはず。好奇心で突き進んで、ドラゴンスパインから出られても困るし、そろそろモンド城へ自由に入城できる手続きを進めたほうがいいかな。


「ねぇクレーちゃん。アタシ、ドドコちゃんを知らないから特徴を知りたいな!」


ボクがクレーの口止めについて、考えを逸らしていたときだった。ナマエがクレーに対し、そう尋ねたのは。


「ドドコはね、白くてモフモフしてるの!」

「雪狐みたいな感じかな?」

「似てるけど、ドドコは結構丸いよ! そして可愛いの!」


その説明でナマエは伝わったのだろうか……。そう思いながらクレーに目線を合わせて屈むナマエを見つめていると、ある事に気づく。

ナマエが頭部に身に着けているヘッドホンが点滅しているのだ。あれは……造られた人格の彼女が動いているのか?

ナマエの中に後天的にやってきた存在である造られた人格の彼女とは、その存在を知る者以外の前では話さないようにと言ってある。ボクからの話をちゃんと守っているようだ。


「なるほど……うん、分かった。ちょっとイメージしてみるね」


ヘッドホンが点滅している中、ナマエはクレーにそう伝えると静かになった。そんなナマエを、クレーは今だ涙が溜まった瞳で見つめている。

ドドコは完全な白とは言わないが、この雪景色の中で落としたとなれば探しにくい色をしている。天候については、この場所は特に雪が降っていないため、今のうちなら探しやすい。

……とは言っても、探すのには苦労する場所ではある。ナマエはクレーから聞いた情報をどのように解釈したのだろうか。


「雪狐に似てるけど、ちょっと丸っこい……。色はきっと雪狐に似た白なんだよね?」

「うん……」

「よし、クレーちゃんの知るドドコちゃんとアタシがイメージした子が一致しているかは分からないけど、探してみよっか!」

「ありがとう、ナマエお姉ちゃん……」


不安そうなクレーの手を取り、時折励ましながらドラゴンスパインの雪原を進む。いつの間にかナマエに心を許したのか、クレーの表情も段々と明るさを取り戻していた。

……蛍の時もそうだったけど、偶にナマエは大人びたような姿を見せる。普段の子供っぽい様子が嘘のように、彼女は誰かに優しさを見せるのだ。


「! あそこに何かいる」

「あっ、ドドコ!!」


突然、ナマエが視界の先を指さす。それを見たクレーは、ドドコの名を呼んで掛けていった。……まさか、本当に見つけたというのか?


「ナマエお姉ちゃんっ、ドドコだよ!! 本当に良かったぁ……」

「クレーちゃんがドドコと会えて良かったよ」

「ありがとう、本当にありがとうっ、ナマエお姉ちゃん!」


ドドコを抱きしめながら、自分の目線に合わせるように屈んだナマエにお礼を伝えたクレー。そんなクレーの頭をナマエは黙って撫でているだけだった。


「まさか、こんな白い世界の中で見つけてしまうなんてね」

「あっはは……あの子の力をめちゃくちゃ借りただけなんだけどね」


そうは言っているが、造られた人格の彼女もナマエだ。本人もそう言っていたしね。


「クレー、ドラゴンスパインに来た理由はなんだったんだい?」


ドドコも見つかったので、クレーがドラゴンスパインを訪れた理由を尋ねた。クレーがドドコを探す為にボクを尋ねたとは考えにくいからね。ドドコがいなくなったのは、本来の目的の過程に起きたハプニングだ。



「えっと、アルベドお兄ちゃんに会いたかったから!」



……と、思っていたんだけど。
まさかのボクに会うためという理由だった。確かに最近はナマエのことで家に帰っていなかった。元々ボクは実験に夢中になってしまって、家に帰らないことが多々ある。

きっとクレーはそれに気づいてドラゴンスパインまで来てくれたんだろう。


「かわいい〜! いいなぁ、アタシもこんな妹が欲しかったなぁ」

「ナマエには弟や妹はいなかったのかい?」

「うん、お兄ちゃんもお姉ちゃんもいない。でも、アルベドがクレーちゃんを妹のように思ってるように、アタシにも弟の様な存在はいたよ」


弟の様な存在、か。
先程彼女は血の繋がった兄妹はいないと言っていた。だから、いくら彼女が弟の様に思っていようと、相手は男性……。なんでだろう、少し苛ついてきた。


「なんかアルベド怒ってる?」

「いや、気のせいだよ。それにしても、ボクに会いにここまで来たのか……」

「普通に考えたら、こんな小さな子がここに来るのは危険だよ」

「クレーは西風騎士団の火花騎士だから、ドラゴンスパインなんてヘッチャラだよ!」


見た目だけだったらナマエの言う通り危険なのだが、彼女の力は本物だ。クレーを知らないナマエがそう思って当然だ。
しかし、ボクはクレーの面倒を押しつけ……見るように言われている。こうしてここまで来てしまった以上、そろそろ1度帰宅した方が良さそうだ。


「でも、ずっとここにいたら風邪引いちゃうよ? だからおうちに帰ろう? ナマエお姉ちゃんも一緒に!」

「えーっと、その……」


ナマエはモンド城付近どころか、ドラゴンスパインから出られない。別にドラゴンスパインを出たら停止してしまうとかではなく、彼女の存在を知らない者が見たら、格好で勘違いされてしまう可能性が高いのだ。

なので、まずは騎士団で彼女の安全を保証する手続きを済ませなければならない。……そろそろではなく、早急に対応した方が良さそうだな。


「ごめんね、クレーちゃん。アタシは一緒に行けないや。また今度、誘ってね」

「えーっ!! クレー、もっとナマエお姉ちゃんと一緒にいたい!!」

「うぅ……あ、アルベドぉ……」


まだナマエと一緒にいたいクレーは、ナマエの腕を引っ張っている。対するナマエは、ものすごく困った顔でボクを見ている。
……うん、早くモンド城で手続きを済ませよう。


「……すまないナマエ。なるべく早く手続きを済ませるから、しばらく拠点で一人になるけど、大丈夫かい?」

「大丈夫だよ! ”キィちゃん”もいるし!」

「キィちゃん?」


……誰の事だろう、キィちゃんとは。
ボクが知らないうちに仲良くなった動物にでも着けた名前だろうか。そう思っていると、ナマエがヘッドホンが点滅を小さく指さしていた。


「……あぁ、なるほど」


どうやら”キィちゃん”というのは、造られた人格の彼女の事を言っていたらしい。そう言えば名前を考えると言っていた。どのように考えて命名したのか、帰ったら聞くとしよう。一応ボクは、あの人格の彼女のマスターであるからね。


「分かったよ。なるべく早く戻れるようにするから、問題を起こさないようにね」

「もう、アタシは子供じゃないよ! アルベドよりうんっと歳上なんだから!」

「はいはい」

「やだー! ナマエお姉ちゃんも一緒がいいー!!」

「クレー、ナマエはまだドラゴンスパインでやることがあるから、また今度だよ」

「うぅ……分かった。次は絶対、ぜーったい遊ぼうね!」

「うん、約束!」


やっとのことでボクはクレーを連れ出すことができた。同時に暫くナマエと会えなくなる日々が始まるのだった……。





2023/10/10


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