10:対面インテグレイション



見えていた光景が突然消えた。
今までは懐かしい光景、見たかった光景を”あの子”を通して見てきた。だけど、突然プツリと消えた。

何故なのかは、もう分かっている。さっきまで見えていた光景が原因なんだから。


風龍廃墟と呼ばれた場所に向かったこと、その場所に突如として現れた存在により謎の空間へ転移され、カーンルイアが生みだした兵器と”あの子”を戦わせた……。

……魔物と化しても、未だに人間兵器を諦めていなかった。アタシと離れている間にも、研究を止めていなかったのだろう。

そして、”あの子”を……アタシを探し続けていたという事は、アタシ以上の存在は造り出せなかった、ということになる。


約300年。
それはアタシの”身体”が停止していた、おおよその時間。

その間にアタシは自分自身……主に”あの子”を抑えるため、自分を支配する事を辞めた。だから、あの人は今のアタシの状態を見て喜んだ。自分が願った理想の状態へアタシが……正確には、”あの子”がアタシの存在を消したと歓喜したんだ。


しかし、あの人の理想は叶わなかった。それは、彼が”あの子”を支配する権限を持ったから。だから、あの人は自分の努力は叶わないと悟り、みんなをアタシの身体に埋め込んだ『異物』の巻き添えにして___



「!!!」



目を開ける。
視界に広がったのは、見慣れた真っ白な空間ともう一つ……



「目が覚めましたか、オリジナル」



アタシにかわって、アタシの身体を動かしている”あの子”がいた。
……あぁ、死んでもアタシは”あの子”から離れられないんだね。


「貴女は死んでいません」

「! なんで、っ!」


つい言葉に反応してしまった。
だって、アタシはいつも”あの子”の言葉を無視していた。聞こえていないフリをしていた。……”あの子”をいない存在としていた。

だけど、アタシは今反応してしまった。つまり、向こうに最初から声は届いていた、ということが”あの子”に分かってしまったのだ。


「……やはり、初めから聞こえていたのですね」

「……っ」

「お気になさらず。私は気にしていません」


目の前にいる”あの子”はアタシにそっくりだ。何故なら、”あの子”は造られた魂だから、肉体を持たない。だから声は勿論、姿もアタシになる。

後天的にアタシの世界に入ってきた、もう一人のアタシ。もう一人の自分であるのに、アタシは”あの子”について何も知らない。知ろうとしなかった。


「……オリジナル、聞こえているのなら私の話を聞いてください」


ただただ怖かった。
初めから、アタシにとって”あの子”は恐怖の対象だった。

なのに、今は何故かその恐怖を感じなかった。


「何故貴女が死ななかったのか。それは、事前に私が”仕掛け”を施したからです」

「しかけ……?」

「貴女も知っているはずです。この身体に埋め込まれた、必要のない”機能”を」


”あの子”が言う『必要のない機能』。
それは、簡単に言えば『自爆プログラム』だ。


アタシの身体に施された改造。
その全てのリソースを爆発の資源に変換し、アタシの身体を爆弾にする。それが自爆プログラムだ。

自分の身体に施された改造について、勿論把握している。機械と化したお陰なのか『自分を調べる』というコマンドが可能になった。


「私はこの事態を想定し、このコマンドが実行された際に強制的にシャットダウンするプログラムを仕掛けておきました。テストを行うことができませんでしたが、上手くいったようですね」


自分の事なんて分かっているようで分からないもの。
しかし、このコマンドは身体限定だが、自分について分かるものだった。あの人がどのような目的でこのコマンドを入れたのかは分からない。意図について知りたくもないけれど。

だから、今知りたいのは……何故、アタシを救うような真似をしたのか、だ。


「……どうして」

「はい?」

「どうして、アタシを死なせてくれなかったの」

「……」


”あの子”は口を開かない。
黙ったまま、アタシを見ている。アタシとは違う、耕運機を彷彿させる金色の瞳で。


「貴女には感情がない。だから、死ぬ恐怖も分からない。自分が助かるために自爆プログラムを回避したとは思えない」


機械には感情はない。何故なら、機械は与えられたものしかできないから。”あの子”には感情に近しいプログラムを与えられなかった。だから、死にたいと思うわけがない。



「教えて。でないと、アタシは大きな勘違いをしてしまう……!」



___”あの子”が、アタシを助けたのではないかって思ってしまう……!



「……私は、貴女を助けたかった」

「え……?」

「勘違いではありません。私は、貴女を、オリジナルを救いたかった」


すくい、たかった……?
なんで、どうして? ”あの子”がそんな事を言うとは思えない……!


「あの日、再起動を果たし、アルベドがマスター権限を持ってから……私は貴女について知る機会が多くありました」

「……」

「その日々は、私を完全な機械の枠外へと導きました。それと同時に気づいたことがあります」

「気づいたこと……?」


少し俯いていた”あの子”が、顔を上げた。そして、耕運機のような金色の瞳と視線が合った。


「私は、貴女と話をするべきだった」

「……!」

「貴女を、オリジナルを理解するべきだった」


理解、するべきだった……だって?
そんなの、そんなの……!!


「おそ、すぎるよ……っ」


身体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。それは、ずっと前に、昔に欲しかった言葉だった。


「……それも、分かっています」

「っ、うぅっ……!」

「私には学ぶ機能があった。しかし、それは全て戦闘面に使われていた。私は、日常においてこの機能を使うべきだった」


マスターアルベド達と共に貴女を知ることで、私は自分の過ちに気づきました。
……そう言った”あの子”の言葉は、酷く聞こえるけど理解は出来てしまうんだ。

だって、前提として”あの子”は知らなかった。そもそも、与えられなかった。
だからといって『仕方ない』で片付けられるほど、アタシの心に余裕はない。


「……その過程があったからこそ、私はこう思うようになった」


俯いた視界に、移る足下。……アタシの姿をした”あの子”の足だ。



「___私は貴女を知りたい、理解したい、と」



続いて片方だけ地面に着いた膝が見えた。


「……!」


ゆっくりと顔を上げれば、耕運機に似た金色の瞳と目が合った。
その目は、初めて”あの子”を見た時に合った、光のない瞳ではなかった。



「許されるとは思っていません。ですが、償いの機会を与えてくれるのであれば___私が考えた提案を受け入れて欲しいのです」



ゆっくりと差し出された手。
その行動と、アタシと目が合った瞳は……造られた機械とは思えなかった。

……あぁ、分かった。どうして恐怖を感じなかったのか。
瞳だ。アタシは”あの子”の瞳が怖かったんだ。だけど、今目の前にいる”あの子”の瞳からは恐怖を感じない。だから、怖いと思わなかったんだ。


___気づけば、アタシは”あの子”から差し出された手に、自分の手を重ねていた。
その行動は、何も聞いていないのに”あの子”の提案を受けるという意味になると、分かっていたのにね。



***



「まずは現状を再確認しましょう」


今の現状。
あの人の力により、風龍廃墟から謎の空間へ転移された場所で、アタシの身体は存在している。この空間は言ってしまえば、意識の中と言うやつだ。


「再起動を果たしてから今日まで、貴女は私を通して”すべてを”見ていました。ですから、今の現状も分かっているはずです」


アタシが停止する前に出会った男の子、アルベド。”あの子”を通して知った女の子、蛍。そして、彼女の最高の仲間だというパイモン。
”あの子”を通して聞いた限りだと、アルベドと蛍は戦闘慣れしているんだって。

現実のアタシは、お邪魔なオブジェクトそのものだ。”あの子”を通して見ていて、アルベドと蛍は優しい人だから、もしかしたらアタシを放置できずにいるかもしれない。それが余計に2人の邪魔になっているに違いない。


「……現代では遺跡守衛と呼ばれている、耕運機。話では、2人とも戦闘慣れしているらしいけど、無事だとは思えない」


あの人は耕運機のレプリカを簡単に創造する。魔物と化して、あの人はその能力を手にした。創造するとは言っても、無限にできるわけではない。数を多く生み出すほど、造りだしたレプリカは弱い個体になる。

しかし、弱いと言ってもプロトタイプを元に造られているレプリカを模写しているのだ。レプリカより弱いのは間違いないが、弱いの一言では片付けられない存在であることは間違いない。

そんな存在が何体もいるとすれば?
あの狭い空間で、いくら戦闘慣れしている2人といえど、生きて帰れる?


「私の演算結果でも、彼らが無事で生還できる確率は10%を下回っています」


アタシ達は同じ存在だけど、考え方は全く違う。
そう思っていたのに、考えが一致した。


「だけど、あなたは打破できる方法を考えついてる。……そうでしょ」

「はい」


アタシはアルベド達の状況を打破できる方法が思い着いていない。ただし、”あの子”は打破できる方法を思い着いている。……これは、引きこもりすぎていることと、戦う事が嫌いな気持ちから来る『差』なんだろうな。

だったら教えてもらおうじゃん。あなたが考えた打破できる方法を!



「打破できる方法は1つ。___私とオリジナルが1つになることです」



アタシとあなたが、1つになること?
それが、現実で起こっている事を打破できる方法なの?

『1つになること』の意味が分からず、首を傾げる。


「1つになるって……?」

「現在、私と貴女は同じ身体を共有していますが、この身体を奪い合っている状態です。それはオリジナルもご存知のはずです」


確かに、アタシ達はバラバラだ。
現に、今は”あの子”にアタシの身体を使わせているようなものだし。


「私はこれまで人と関わる機会はありませんでした。しかし、蛍とパイモン、そしてマスターアルベドと関わることで、私では測れないものがあると知りました」

「あなたが測れないもの?」

「はい。それは人間で言う本能と同じようなもの……人は感情によって力が漲るのだと、マスターアルベド達と出会い、過ごしたことで気づきました」


一応、まだアタシも人間であるから”あの子”の言っていることの意味が分かる。気持ち次第……やる気というもので、動きが変わるのは間違いない。


「貴女はそれを何と呼ぶのか、知っていますか」

「……人はそれを、やる気と呼ぶことがある」


だけど、”あの子”はそれを分からない。
何故なら、やる気に似たプログラムが”あの子”の中に存在しないから。けど、アルベド達と過ごすことで、そのようなものが人間にはあることに気づいた。


「それが、アタシとあなたが1つになることに、どう繋がるの?」

「話は単純です。私と貴女が1つとなれば、貴女は私を支配下におくことができる」

「何故?」

「私は貴女の身体に住む異物。ですが、言い換えれば……私は設計者によって貴女の身体に埋め込まれてしまった『強化素材』と言って良いでしょう」


……”あの子”が言いたい事が、分かったかもしれない。
つまり、”あの子”が言いたいのは___



「アタシに、戦えって言いたいの……?」



アタシが戦う事が、今の状況を打破できる。”あの子”はそう言いたいのだ。


「酷い事であることは分かっています。ですが、私はもう戦えない。それを貴女は知っているはずです」

「……あの人が使うコマンド。それがある限り、あなたはあの人の命令から逃れられない」


機械の運命と言うべきか。
”あの子”は機械だ。コマンドという命令式に逆らうことが出来ない。

そうか!
あのコマンド命令は、あくまで”あの子”を縛るものであって、アタシは対象に入らないんだ!

理由は分かった。だけど、アタシの中にはまだ不安要素が残っていた。


「だから、アタシが戦うしかない」

「そうです。……不安ですか」

「だって、アタシは『戦う』という文字の頭文字すら知らない”初心者”だもん」


アタシは戦闘を知らない。
戦場には踏み入れたことがある。その時はまだ”あの子”はいなかった。

”あの子”がアタシの世界に入ってきたきっかけは、アタシが戦うことができなかったから。あの人が望んだ兵器の条件だけを満たした、使い物にならない道具だったからだ。

「そのことでしたら、問題ありません」


問題ありません、だって?
あなたが表に出てしまえば、あの人のコマンドから逃れられないというのに、どういうこと?


「どうしてそう断言できるの?」

「私がいるからです」

「……あなたが?」

「はい。私が貴女のサポートをします。1つになれば、設計者のコマンド命令の対象にならず、貴女のサポートに徹することができます」

「!」


じゃあ、アタシは……アタシは……!


「アルベド達を、助けられる……?」

「約束しましょう。私が必ず、今の現状を打破できるよう、貴女を支援します」


本当は分かってた、気づいていたんだ。
アルベド達がいろんなことをしてくれたのは、すべてアタシためだってこと。
それでも、アタシは”あの子”の恐怖が勝って表に出ることを怖がった。

けど、こうして”あの子”を話して……当然のことや、これまでのことで変わった事を知った。

……今なら、ううん。今だからこそ、いける気がする。
”あの子”に対する恐怖が消え、アルベド達を助けたい気持ちで溢れている今なら……!


「元よりこの身体は貴女の支配下にある。貴女がその気になれば、私を支配する事など簡単だったのですよ」

「アタシはそんなに強い人じゃない。追い出すより、怖いことから逃げるような人だもん」

「そうですか。……オリジナル。貴女はまだ、私に対し恐怖の感情はありますか」

「正直に言えば、恐怖は消えきっていないし、少しだけ不安が残ってる。だけど……今はあなたを信じたい」


考えて言葉を選んでいた時、無意識に顔が下がっていたのか、気付いた時は自分の太股が視界に映っていた。

思っている事は目を合わせて伝えなくちゃいけない。だから、気づいて”あの子”の顔の元へと視界を移せば、すぐに目が合った。


「……その答えで、私は十分です」


アタシの視界に入った”あの子”の顔は、機械と言うには微妙なものだった。……ぎこちないけれど、それは人間に似たものだったからだ。


”あの子”が立ち上がる。それにつられるように、アタシも立ち上がった。
同じ位置で視線が合う。当然だよね、だって”あの子”はアタシの姿をしているんだもの、目線が一緒で当然だ。


「誓いましょう。私は、貴女の思うがままに扱われることを」


再び差し伸べられた手。
……これが、本当に覚悟を決めるときだ。”あの子”を受け入れるという覚悟を。

だけど、覚悟なんてもの、さっき”あの子”から聞いた話のお陰で既に決まってる。


「……アタシも誓う。あなたを扱うことを」


”あの子”が差し出した手に、自分の手を再び重ねる。
その手は握られることなく、ただ重なっているだけの状態だ。


「私は、オリジナルの思うがままに」

「……アタシは、あなたを思うがままに」


無意識に力が入った自分の手。その手は”あの子”の手を握っていた。
……もう引き返すことはできない。

戦う事は怖い。だけど、アタシはあなたを信じて行くよ。


「!」


互いに触れ合っている手から、紫色の光が溢れ出した。一瞬だけ、自分の手から腕へと伝う紫色の閃光が見えたのを最後に、視界が段々と白へと染まっていった。






2023/08/16


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