黒は福を呼ぶ


※2024年猫の日



「あ〜……」


こちらを見る蛍とパイモンの視線は、私の頭上に向いている。
何故そこに向いているのか___それは数時間前まで遡る。



『私の力が必要? 勿論いいよ。何をしたらいい?』



稲妻に帰っていたとき、偶然鳴神島で再会した蛍とパイモンから、とある秘境の調査を手伝って欲しいと頼まれた。

断る理由などなかったので、2つ返事で了承。そして、秘境の調査に赴いたんだけど……。


『名前!!』


調査中、不覚にも秘境に現れた魔物の攻撃を受けてしまったのだ。それが今、蛍とパイモンに頭上を見られている理由になるんだけど。


『名前、気がついた?』


意識を失っていた私が目を覚ましたのは、淡い光に包まれた神社。パイモンによると、浅瀬神社というらしい。
横たえられていた身体を起こすと、かぶったままだった頭巾が脱げた___そこで冒頭に戻る。



「名前、変な所はないか? 気分も悪くないか?」

「うん、なんともないけど……何で二人は私の頭を見てるの?」


今だ彼女達が私の頭を見ているのか分かっていない。何か着いているなら教えて欲しいんだけど……。


「名前。こっちに水があるから、一回自分を見てみて」


蛍に言われるがまま着いて行く。どうやら蛍はこの神社に来たことがあるようだ。この浅瀬神社はセイライ島にある神社なんだって。私、任務でもセイライ島には来た事なかったな……まあ、元々ここは雷が酷い場所ということもあって、中々人は訪れない場所だった。

けど、この浅瀬神社って場所はとても落ち着く。優しい風に、その風によって鳴る鈴の音……何よりも、あのセイライ島とは思えないほどの穏やかな場所。

……なんだか、太陽の光が温かく感じて___


「着いたぞ! ほら、ここを覗いて見てくれ」


ボーッとしていると、パイモンが私に声を掛けた。どうやら目的の場所に着いたらしい。言われるがまま水面に近付き、そこに映る自分を見て___


「……え?」


一瞬で眠気が吹き飛んだ。
だって、あり得ないものが私の頭に着いていたんだから!


「な、なにこれ……!?」


水面に映った自分を見ながら頭上に着いた”それ”を触る。それは見た目通りふわふわとしていて、柔らかかった。


「何をどう見ても、猫の耳だな」


そう、私の頭に着いていたのは猫の耳だった。反射で顔の横を触ってみたんだけど
、ちゃんと人間の耳はあった。だけど全然安心できない。


「な、なんでこんなことに……」

「もしかしたら、魔物の攻撃を受けた所為かも? だって外傷は見えないし」


確かに、魔物の攻撃を受けたけど痛みなどは無い。ただ強烈な眠気に襲われたことだけは覚えている。

怪我がないことはいいけど、この状態で帰るのは……かなり恥ずかしい。


「とりあえず猫の耳が着いた以外は問題なさそうだな。ふぅ、よかったぜ。もし名前に何か遭ったら万葉が怖いからな」

「? なんで?」

「なんでって……あぁそっか。あの時名前はいなかったから分からないか」

「桔梗院家の問題が解決した後、天領奉行に連行されたことは覚えてる?」

「うん、勿論覚えてるけど……」


その話が何故万葉が怖いという内容に繋がるんだろう?
首を傾げていると、蛍がそれについて話してくれた。


「あの時の万葉、沙羅を殺す勢いだったんだよ。もしかしたら天領奉行すら攻め落とすんじゃないかってくらい」

「そ、そんな大袈裟な…」

「見てないから分からないだろうけど、ほんっとうに怖かったんだからな!! 蛍が押さえ付けなかったら、本当に裟羅は危なかったんだ!!」


九条様、そんなこと一言も仰ってなかったけどなぁ……。でも、二人の話が嘘とも思えないから本当なんだろう。

……でも、所々怖いなって思う事が度々あるんだ。あぁ、その……怖いから嫌いになるとかは絶対にないんだけど、少しビクッて反応はしてしまうよね。そのことについて彼女達は言っているのかな?


「とにかく、なんとも無いなら早く帰ろう。オイラ達、お前を借りる事を万葉に言ってないんだし……」

「大丈夫だよ、二人のことなら気にしないって」

「いや、お前が攻撃を受けている時点でもう怖いんだよ……」


パイモンったら大袈裟だなぁ。外傷はないんだし、バレないって。……猫の耳さえ隠せ抜ければ。
そう思いながら水面に映った自分の頭上を見る。


「でも、黒か……」

「うん? 黒がどうしたんだよ」


私の頭に生えた猫の耳は黒色だった。
その色を見て思うのは、黒猫に関するある話だ。


「二人が知っているか分からないけど、黒猫ってある迷信があるの」

「迷信?」

「そう、黒猫が目の前を横切ると、不吉の前兆だって言われてるんだ」


正直、迷信なんて信じる質じゃないんだけど、こればかりはずっと迷信だって言い切れないんだ。


「私は不幸を呼ぶ。私は母様を死なせた、私が桔梗院家の武術を望んだから父様はいなくなった」


あの時の私が、怖いからと離反する勇気を起こせなかったから、母様は現実に耐えられず自ら命を絶った。
私が桔梗院家の武術を望まなければ、父様はずっと一緒にいたかもしれない……っ。


「名前……」

「私が人を斬る存在だから、恨みを買われて楓真が危ない目に遭った」

「それは違うぞ!」

「本当にそう? 私の大切な人は必ず危険な目に遭う。私が不吉なことを起こしているとでも言うように」


そのような意味で言えば、私は不吉をもたらす存在なのかもしれない。ほら、私は沢山の人を殺すような人間だ。こんなの、私が不吉を呼ぶ存在だって言ってるようなものでしょ?



「偶然にも生えたこの耳が証明してる。黒猫……私は不吉をもたらす人間なんだって。だから万葉も、万葉の家も救えな___」

「誰が不吉をもたらすと?」



そう思っていたときだ。
……この場にいるはずのない声が聞こえたのは。


「か、万葉!? なんでここに!!」


勢いよく振り返れば、そこにはパイモンが口にした様に万葉がいた。私の目が可笑しいとかじゃない、本物の万葉だ。


「風が名前が何処へ行ったのか教えてくれたのだ。セイライ島に着いてからは雷の音が邪魔をして苦労したが、なんとか見つけることができたでござる」


それよりも……
そう言って万葉は私へと視線を移した。そして、こちらに歩み寄ってくると、しゃがみ込んでいた私に合わせるよう片膝を着いた。


「随分と愛らしい猫であるな」


伸ばされた手は、私の頭に落ち着いた。優しい手つきで撫でられると、先程零れた本音もあって、懐かしさを覚えて泣きそうになる。
万葉が撫でる手つきが……幼い頃、両親に頭を撫でられた頃を思い出す。


「して、何故拙者に何も言わずこのような場所へ?」

「名前はオイラ達に付き合ってくれただけだぞ」

「実はちょっと名前の手を借りたい依頼があって、早ければ早いほどいいって言われていたから、万葉に何も言わずに連れて行っちゃったんだ」

「ふむ、次回からは緊急性なものであろうと、拙者に声を掛けてくれ。名前の身に何か遭ったら……拙者はどうにかなってしまうだろう」

「ひいぃぃっ!!?」

「分かった、わかったから落ち着いて万葉」


……前言撤回。やっぱりちょっと怖い。未だに私の頭を撫でる手つきだけは優しいけど。


「そういや、黒猫の迷信について話しておったな」

「おう、そうだけど……それがどうかしたのか?」

「何、名前の発言に訂正を入れようと思ってな」


訂正?
万葉の言葉の意味が分からず、首を傾げる。


「名前の言う通り、この頃は黒猫は不吉を呼ぶという迷信が広まっているが、それは異国より伝わったもの。実際に黒猫は福をもたらす存在なのでござる。所謂、福猫というやつだ」

「そうなのか!? 知らなかったぞ!!」

「これは稲妻に古くから伝わる言い伝えでござる。時が経てば他国の文化も混ざっていく故、より強い印象のものに上書きされてしまう……名前はその上書きされた内容を信じてしまったのだろう」


そう信じてしまう事がお主の身近な相手に起きてしまった。だからそう思ってしまうのも仕方あるまい
再びこちらを見る紅色の瞳が悲しげに私を見つめる。……まるで、自分の事の様に。


「名前、拙者はお主を不吉の存在だと思った事は一度も無い」

「!」

「幼き頃、拙者は言ったであろう? 拙者は許嫁の関係とは別に、お主を愛していると」


確かに言われたけど……あれ、愛してるだったけ?
まあ、いっか。


「拙者達の出会いは、今の幸せな日々が約束されたものと同義。お主がいたから成り立ったものでござる。これを幸福と呼ばずして、拙者は何と表せば良い?」


万葉が告げた言葉が本心である事が分かればそれでいい。不吉を呼ぶ存在だと思っていた黒猫わたしは、貴方という存在に福をもたらす存在であれば、それでいい。


「おい、万葉! お前ばっかにいい顔はさせないぞ!」

「そうそう。私だって名前と出会えて、こうして仲良くなってることは幸運なことだと思ってるよ。だから私達が名前と会えたことは不吉をもたらすためじゃなくて、こうした楽しい時間を過ごすためなんだよ」

「パイモン、蛍……」

「お前は隙あらば自虐しようとするよな。名前はもっと自信を持っていいんだぞ!」

「む、パイモン……拙者の台詞を盗むとは」

「オイラが本心から思ってる事なんだから、盗むも何もないぞ!!」

「これから告げようと思っておったというのに、お主の所為で拙者の言葉が薄くなってしまうであろう」

「へへーんだ! 言ったもん勝ちだぜ!!」


あれがドヤ顔というものかな。そんなパイモンと、少し頬を膨らませた万葉のやり取りに思わず吹き出してしまう。頑張って抑えようとしたけど、逆に抑えきれなくて。


「名前」


ふと、愛おしい人が私の名を呼んだ。
顔を上げれば、万葉がこちらを見ていて。



「やっぱり、お主には笑顔が似合うでござるよ」



優しい声音で告げられたその言葉が、また私に幸せな気持ちにさせてくれる。……私より、万葉の方が福をもたらすと思うんだけどな。

……なんて言っても、万葉には響かないんだろうなぁ。そう思いながら私は、相変わらず私の頭を撫でる万葉を見つめていた。






実は本当に黒猫って福猫と呼ぶそうですよ。
気になった方は調べてみてください〜。


2024年02月22日


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